よき本、よき人との出逢いが人生の扉をひらく あまんきみこ(児童文学作家) 中川李枝子(児童文学作家)

『ちいちゃんのかげおくり』『白いぼうし』など教科書に掲載される作品で知られる児童文学作家のあまんきみこ(写真左)さん。発売から60年が経つ大人気絵本『ぐりとぐら』、童話『いやいやえん』などの作品を通じて多くの子供たちの心に灯をともしてきた同じく児童文学作家の中川李枝子(写真右)さん。数多の物語を紡ぎ出してきたお二人に約90年の来し方を振り返り、人生で邂逅を果たしてきた本や人について、またそれぞれの作品に込めた思いなどについて語り合っていただいた。

読書っていうのは子供にとって〝扉〟だと思う。

本の扉をひらけば自分の知らない世界が無限大に広がっているの

あまんきみこ
児童文学作家

〈あまん〉 
やっぱり、物語が生まれる背景って、作者の原体験がそのまま生きているケースが大きいですよね。私の場合は『ちいちゃんのかげおくり』などになります。私にとって、戦争は嫌でもなくせない体験です。子供時代は戦争とセットでしたから。

終戦は女学校の2年の時に迎えていますが、その前、少し健康になっていましたから、学校で這って手榴弾を投げる練習をしていました。やって来る戦車に向かって、重さを真似た偽物の手榴弾を投げる。だけど私のだけが飛ばない。それに竹やりで「エイ! エイ!」と人を突く練習もしましたけど、軍人上がりの先生に、「そんなでは、敵を殺せない。兎飛びだ」とからかわれて、とても恥ずかしい思いもしました。その一方で「人を殺せないならよかった」と安堵感もありましたね。

終戦後、大連で学校がスタートしたのは確か10月でしたけど、教育の180度の転換は本当に辛かったですね。それまでは日本の植民地政策と戦争が正当化されていたわけですが、敗戦後は真逆のことが言われるようになった。私たち生徒も辛かったけど、いま思うと、先生たちのほうが辛かったことでしょう。戦前と全く同じ先生が百八十度違うことを教えないといけないのですから。

〈中川〉 
それはそうでしょうね。国民学校低学年だった私のただ一つの願いは「戦争のない所へ行きたい」でした。ですが、そのことは決して誰にも言わないで自分の胸の奥に深くしまい込んでいました。

〈あまん〉 
あの頃は、決して口にはできなかったですからね。

『ちいちゃんのかげおくり』は書かなければならないと思って書いた作品ではなくて、〝書かずにはおれない〟という思いばかりでした。

私は子供の頃、実際に影を空に映す遊びをしていて、その遊びには名前はなかったのです。影をじっと見て、空を見上げると白くその影が見える――その遊びを書いたり消したりしているうちに「かげおくり」という言葉が生まれました。

いい本を読んで、いい人にたくさん出逢ってきたから、今日の私があると断言できますね、本当に

中川李枝子
児童文学作家

〈あまん〉 
中川さんは確か保育園の先生をされていらしたのよね。

〈中川〉 
そう。世田谷区にあるみどり保育園に17年間勤めました。戦後間もないあの頃の子供たちの楽しみって、紙芝居なの。紙芝居をやるよって言うともう喜んでね。日本昔ばなしとか、とっかえひっかえに読み聞かせてやるんだけど、一番短いお話は12枚しかないの。そうすると、「ちぇっ、きょうは12枚かよ」って言うのよ(笑)。

〈あまん〉 
長いのを要求するのは子供たち?

〈中川〉 
子供たち。私にとっては子供たちが世界一厳しい先生でした。気に入らないお話にはそっぽを向き立ち上がってどこかへ消えてしまいます。反対にいったん気に入ると、何十回でも何百回でも呼んでとせがみ、毎回、大真面目に聞いて、同じところで笑い転げるのです。中でも一番子供が喜んだのが『ちびくろ・さんぼ』の絵本を基に私がつくった紙芝居。子供たちを喜ばせようと思って、結構長いお話をつくってね。

〈あまん〉 
あのお話はうちの子供も孫も大好き。

〈中川〉 
喧嘩をしたトラがグルグル回っているうちにバターになってしまい、そのバターを使ってホットケーキを食べるっていうお話ですけど、あまりにも子供たちに人気だったので、園長先生が子供たちに実際にホットケーキを焼いてくださったの。その時の皆の喜びようったらすごくてね。

それで、ホットケーキよりももっとおいしいものを登場させた物語をつくって子供たちを喜ばせたいと思って出来上がったのが『ぐりとぐら』のカステラをつくるお話なんです。

プロフィール

あまんきみこ

本名・阿萬紀美子。昭和6年旧満州に生まれる。20歳で結婚し一男一女をもうける。日本女子大児童学科(通信)卒業。與田凖一に出逢い児童文学の道に入る。坪田譲治主宰の「びわの実学校」に「くましんし」が掲載される。『車のいろは空のいろ』で日本児童文学者協会新人賞、野間児童文芸推奨作品を受賞。『ちいちゃんのかげおくり』(上野紀子・絵/あかね書房)『きつねのかみさま』(酒井駒子・絵/ポプラ社)など多数。令和5年『新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい』(黒井 健・絵/ポプラ社)で第70回産経児童出版文化賞。

中川李枝子

なかがわ・りえこ――昭和10年北海道生まれ。都立高等保母学院卒業後、17年間保育士として働きながら、児童文学グループ「いたどり」の同人として創作を続ける。昭和37年に出版した『いやいやえん』(絵・妹の大村百合子/福音館書店)で厚生大臣賞など数々の賞を受賞。絵本に「ぐりとぐら」シリーズ(絵・妹の山脇百合子/福音館書店)、童話に『ももいろのきりん』(絵・夫の中川宗弥/福音館書店)など多数。


編集後記

あまんきみこさんと中川李枝子さんは、日本を代表する児童文学作家です。今回、奇跡のようなご縁の連続で両者の対談が実現しました。よき本、よき人との出逢いによって導かれてきた92年と88年それぞれの人生を振り返りつつ、『ちいちゃんのかげおくり』『ぐりとぐら』など不朽の名作の誕生秘話を語り合っていただきました。

2023年9月1日 発行/ 10 月号

特集 出逢いの人間学

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