さらに参ぜよ三十年 栗山英樹(北海道日本ハムファイターズ チーフ・ベースボール・オフィサー) 横田南嶺(臨済宗円覚寺派管長)

昨年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で侍ジャパンを世界一に導き、今年より北海道日本ハムファイターズの最高責任者であるチーフ・ベースボール・オフィサーに就任した栗山英樹氏。氏が尊敬して已(や)まないのが臨済宗円覚寺派管長の横田南嶺氏である。2023年10月号特集「出逢いの人間学」に掲載されたお二方の対談記事「世界の頂点をいかに掴んだか」は非常に大きな反響を呼んだ。あれから約1年、6月6日に都内ホテルで再び両者が相まみえ、さらに深奥な人間学談義に花を咲かせた。

〝夢は正夢 歴史の華〟――夢は現実にしなければ意味がない。

やはり「なりたい」と「なる」は違います。本気で「なる」と決めれば、自分で決めたことをやり切っていく。夢が正夢になった時に、一人ひとりの人生が輝き始めるんです

栗山英樹
北海道日本ハムファイターズ チーフ・ベースボール・オフィサー

〈横田〉
昨年7月に円覚寺で対談した時が初対面でしたが、早いものであれから一年が経とうとしています。

先週も円覚寺の夏期講座で栗山監督に講演をしていただき、その前の週には私が総長を務める花園大学(京都)の記念事業で対談をさせていただき、本当にありがとうございます。

〈栗山〉 
いえいえ、こちらこそです。先達の方々の本を読んでいると、「師匠を持ちなさい」ってよく書かれているじゃないですか。

ちょうど7月号の特集テーマも「師資相承」でしたけど、僕は人生の中で本当に困った時に「これ、どう思いますか」と教えを乞う方がどうしても必要だと思っています。

それで僕は勝手に横田管長をそういう存在にさせてもらっていて、この1年間、本当にいろんなことがあったんですけど、そのおかげで心を落ち着かせて普通に過ごすことができたなと感じます。

〈横田〉 
WBC優勝後は各方面から引っ張りだこで、きっと生活が激変したでしょうから、どういう変化があったのか、お尋ねしたいと思っていました。そうしたら栗山監督の新刊『信じ切る力』の中にこう書かれていたんですね。

「WBCで優勝して、たくさんの人に好評価をもらって感じたのは、〝ああ、こうやって人はダメになるんだな〟という思いでした。それは痛いほど感じました」

いやぁこういう感性を持っているところが、栗山監督の素晴らしさだと感じ入りました。大概の人は持て囃されるとそれに呑まれてしまって、思い上がったり失敗したりしてしまいますからね。

〈栗山〉 
本当に人生でこんなに褒められることってないので、これはちょっとおかしくなっちゃうなと感じましたし、何より勝ったのは選手たちの力です。

実際、勝つ時は監督は何もしないことが多いんですよ。選手たちがそれぞれの強みや本領を発揮して形になって勝つ。一方、負ける時は監督が余計なことをしてしまうケースが多い。ですから謙遜ではなく、僕が世界一にしたっていう実感がないんですよね。

有り難いのは、先代管長がお亡くなりになってもなお、事あるごとに「お叱りの声が聴こえてくるんです。

単に肉体は見えなくなるというだけのことであって、生き続けているんだなと如実に感じます

横田南嶺
臨済宗円覚寺派管長

〈横田〉
「こうやって人はダメになる」という言葉で思い出したのは、私が管長になって最初の頃に先代管長から諭されたことです。

管長になると人前で話をする機会が増えるんですね。構成を一所懸命に考え、準備をして、法話が終わると、聴衆がバーッと拍手をしてくれる。いい気持ちになるわけです。

でもある時、先代管長が「拍手は人をダメにする」と言ったんですね。

「拍手されるたびにダメになると思え。手を叩かれるような話はまだまだだ。手を叩くことすら忘れて、思わずその手が合わさるような話をしなきゃいかん」って。

その時は正直なところ「うるさいこと言うなぁ」と(笑)。

〈栗山〉 
ハハハ(笑)。

〈横田〉
有り難いことにそうやって事あるごとに頭を抑えてくれていました。

明治時代の作家・斎藤緑雨という人の言葉に、「拍手喝采は人を愚かにする道なり」とあるんです。決して自惚れずに、自分を律することはとても大事ですよね。

〈栗山〉 
味わい深い言葉です。

……(続きは本誌をご覧ください)

~本記事の内容~
◇WBC優勝後も自惚れなかった理由
◇野球と禅に通底する無私・無我の道
◇運を引き寄せる時と運に見放される時の差
◇世界一の勝運を呼んだもの
◇勝利の女神が微笑む人やチームの条件
◇栗山監督の人生を変えた言葉
◇人格形成の原点にある両親の生き方
◇30歳で一念発起 師匠に徹底して仕え切る
◇「信ひとつ」で結ばれた師弟関係の極致
◇選手を心の底から信じ切って送り出す
◇自分を信じ切るために大切なこと
◇大谷翔平はなぜ世界の大谷翔平になったのか
◇一生求道 死ぬまで修行

本記事では全12ページ(約17,000字)にわたって、栗山英樹さんと横田南嶺さんの対談を掲載しています。

プロフィール

栗山英樹

くりやま・ひでき――昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。平成元年ゴールデン・グラブ賞受賞。翌年現役を引退し野球解説者として活動。24年から北海道日本ハムファイターズ監督を務め、同年チームをリーグ優勝に導き、28年には日本一に導く。同年正力松太郎賞などを受賞。令和3年侍ジャパントップチーム監督に就任。5年3月第5回WBC優勝、3大会ぶり3度目の世界一に導く(同年5月退任)。6年北海道日本ハムファイターズの最高責任者であるチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)に就任。著書に『信じ切る力』(講談社)など多数。

横田南嶺

よこた・なんれい――昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『禅の名僧に学ぶ生き方の知恵』『人生を照らす禅の言葉』『禅が教える人生の大道』『十牛図に学ぶ』『臨済録に学ぶ』など多数。最新刊に『無門関に学ぶ』(いずれも致知出版社)。


編集後記

昨年7月、本誌の対談で初対面を果たした栗山英樹さんと横田南嶺さん。その後もお二人の交流は続き、このたび2回目の対談が実現しました。いま改めて振り返る「勝運を引き寄せるもの」、野球と禅に通底する道、家庭環境や両親の教え、選手時代・修行時代の忘れ難い思い出、人生における「信」の大事さ、大谷翔平はなぜ世界の大谷翔平になったのかなど、前回語り尽くせなかった話題で大いに盛り上がり、読み応えある12頁の記事となっています。

2024年7月1日 発行/ 8 月号

特集 さらに前進

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