四書五経に学ぶ人間学 孟子

戦国時代の儒家である孟子の言行を弟子が編纂したもの。孟子は性善説を主張し、仁義による王道政治を目指した。儒教では孔子に次いで重要な人物であり、そのため儒教は別名「孔孟の教え」とも呼ばれる。


至誠にして動かざる者は、未だこれ有らざるなり

(まごころを尽くして、それでも人の心を動かせないということはない)

自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も吾(われ)往(ゆ)かん

(自分が正しいと確信が持てるなら、阻む者がどれほど多かろうと、信じた道をわたしは進む)

天下の本(もと)は国に在(あ)り。国の本は家に在り。家の本は身に在り

(天下の基本は国にある。国の基本は家にある。家の基本はわが身の修養にある)

天の将(まさ)に大任を是(こ)の人に降さんとするや、必ず先(ま)ず其の心志(しんし)を苦しめ、其の筋骨(きんこつ)を労せしめ、其の体膚(たいふ)を餓(う)えしめ、其の身を空乏(くうぼう)せしめ、其の為さんとする所に払乱(ふつらん)せしむ

(天が、その人に重大な仕事をまかせようとする場合には、必ずまず精神的にも肉体的にも苦しみを与えてどん底の生活に突き落とし、何事も思いどおりにならないような試練を与えるのである)

人を存(み)るは、眸子(ぼうし)より良きはなし。眸子はその悪を掩(おお)うこと能(あた)わず

(人を見分けるのに、瞳ほど正直なものはない。瞳は心の悪を覆い隠せない)

或(あるい)は百歩にして後止まり、或は五十歩にして後止まる。五十歩を以て百歩を笑わば、則(すなわ)ち如何(いかん)

(ここに戦場から逃亡し、百歩で立ち止まった者と五十歩で踏みとどまった者がいるとします。五十歩逃げた者が百歩逃げた者を臆病者と嘲笑ったとしたら、どう思われますか。 ※成句である「五十歩百歩」の出典)

戒(いまし)めよ戒めよ、爾(なんじ)に出づる者は、爾に反るなり

(心せよ、心せよ。汝の行いはやがて汝に返ってくるのだ)

天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず

(天から与えられた好機も立地条件の良さにはかなわない。しかし、それさえも組織の結束力には及ばない)

夫子親あり、君臣義あり、夫婦別(べつ)あり、長幼(ちょうよう)序(じょ)あり、朋友(ほうゆう)信あり

(父子は親しみの情によって結ばれ、君臣は正しい道によって結ばれている。また夫婦には外と内の役割分担があり、目上と目下には一定のけじめがあり、友人は信頼をもって結ばれていなければならない)