四書五経に学ぶ人間学 大学

儒教の経書の一つ。修己治人の書として南宋以降、『中庸』『論語』『孟子』と合わせて四書とされた。元々は『礼記』の一篇であり、孔子の弟子である曾子によってつくられたといわれている。


物に本末(ほんまつ)有り。事に終始有り。先後(せんご)する所を知れば、則(すなわ)ち道に近し

(物事には必ず本と末、終わりと始めがある。そこで常に何を先にして、何を後にすべきかを知って行動すれば、その成果もおのずから期して待つべきものがある)

苟(まこと)に日に新た、日々に新たに、又(また)日に新たなり

(どんな立場の人であろうと、毎日の生活や仕事というのは同じことの繰り返しが多い。うかうかやっていると、すぐにマンネリになってしまう。そうならないためには、常に意欲を奮い起こし、「日々に新たに」の決意で取り組む必要がある)

君子は必ずその独りを慎むなり

(君子は人目のないところでも、必ず自分の心を正し、行いを慎む)

小人(しょうじん)間居(かんきょ)して不善を為し、至らざる所無し

(小人は暇を持て余していると、よからぬことを企み、やることに歯止めがかからない)

富は屋(おく)を潤し、徳は身を潤す。心広く体胖(ゆたか)なり

(お金があれば快適な家に住むことができる。それと同様に徳を身につけることができれば、体中を潤して、心は広々とし、体ものびやかになる)

徳は本なり。財は末なり。本を外にして末を内にすれば、民を争わしめて奪うことを施す

(徳こそが政治の根本であって、財は第二義的なものにすぎない。上に立つ者が財を優先させると、下もそれを見習って利益追求に走り、争いや奪い合いを引き起こす)

心焉(ここ)に在らざれば、視(み)て見えず、聴きて聞えず、食らいて其(そ)の味を知らず

(心が散漫して止まるところがなければ、視てもその真実が見えない。聴いてもその真実が聞こえない。また食べても本当の味がわからない)