その他の東洋古典の名言 荀子

戦国時代の思想書、二十巻。周の荀況とその学派の著作三十二編を収録。人間の性は本来悪のため、礼によってこれを改め社会秩序を保つべきという「性悪説」を主張、孟子の「性善説」に反対した。

夫(そ)れ学は通(つう)の為に非ざるなり。窮して困(くる)しまず、憂(うれ)えて意(こころ)衰えざるが為なり。禍福(かふく)終始を知って惑わざるが為なり

(真の学問というものは立身出世や就職などのためではなく、窮して苦しまず、どんな心配ごとがあってもへこたれず、何が禍いで何が幸福か、どうすればどう終わり、どう終わればどう始まるのかという禍福終始を知って、人生の複雑な問題に直面しても惑わないためである)

冥々(めいめい)の志なき者は、昭昭(しょうしょう)の明なく、昏昏(こんこん)の事なき者は、赫赫(かつかく)の功なし

(人知れず心の中に期する志を抱いて努力を重ねる者でなければ、栄誉が訪れることはなく、人の目につかぬところで黙々たる実践を重ねる者でなければ、輝かしい功績を立てることはできない)

人に三不祥あり。幼にして長に事(つか)ふるを肯(がえ)んぜず。賤(せん)にして貴に事ふるを肯んぜず。不肖(ふしょう)にして賢に事ふるを肯んぜず。

(人に三つのよくないことがある。幼いのに年長の人につかえようとせず、卑賤なのに貴い人につかえようとせず、愚かなのに賢者につかえようとしない)

学は以て已(や)むべからず。青はこれを藍(あい)より取りて、藍より青し

(「学問は途中で止めてしまってはならない。青色は藍の草から作り出されるが元の藍よりも更に青い」――人も学問に励むことで、その学問以上の境地へたどり着くことができる。弟子が師よりもすぐれていることを意味する「出藍の誉れ」の出典となった一節)

百乗(ひゃくじょう)の家に争臣(そうしん)二人あれば、則(すなわ)ち宗廟(そうびょう)毀(こぼ)たれず。父に争子(そうし)あれば、無礼を行わず。士に争友(そうゆう)あれば、不義を為さず

(貴い身分の家には本気で諫言する家臣が二人いれば、家を無事に保つことができる。父親には本気で諫言する子がいれば、礼に外れたことをしないですむ。志ある者には本気で忠告してくれる友人がいれば、道から外れたことをしないですむ)

諸侯(しょこう)、自ら師を得る者は王たり。友を得る者は覇たり。疑を得る者は存(そん)し、自ら謀(ぼう)を為(な)して己に若(し)くなき者は亡ぶ

(王たる者は、自分を教え導いてくれる師を持てば天下の王者になれる。自分を諭してくれる友人を持てば覇者となれるし、疑問をぶつけてくれる臣下を持てば国を存続させることができる。しかし、自分ですべてを処理し、臣下を無能呼ばわりするようになったのでは亡びるのも近い)

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