命をみつめて生きる 鎌田 實(諏訪中央病院名誉院長) 皆藤 章(臨床心理士)

貧しい境遇にも屈せず医者となり、弱い立場にある人々のために力を尽くすと共に、国際医療支援や作家としても幅広く活躍する鎌田實氏(左)。日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄氏に薫陶を受け、臨床心理士として人生に悩み苦しむ人々の心に寄り添い、共に歩んできた皆藤章氏(右)。生と死の現場で命をみつめ続けてきたお二人が実体験を交えて語り合う、私たちが生きていく意味、幸福な人生を送る要諦――。

これからの時代は、生きることばかりに目を向けるのではなく、一人ひとりが死から生をみつめ、死からどう生きるかを考えていくことが、よりよい人生を実現する大きな力になっていくんじゃないかと思います

鎌田 實
諏訪中央病院名誉院長

<皆藤> 
鎌田先生、初めまして。きょうは、お目に掛かれることをとても楽しみにしておりました。

<鎌田> 
こちらこそ、皆藤先生は日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄先生の愛弟子とのことで、お会いできることをとても楽しみにしていました。臨床心理士としての歩みを綴られた皆藤先生の新著『それでも生きてゆく意味を求めて』(致知出版社)も、大変興味深く読ませていただきました。

<皆藤> 
ありがとうございます。

<鎌田> 
本書を読み終えた時、感じたことが主に3つあるんです。

1つには、私は約50年前に諏訪中央病院(長野県)に赴任して以来、地域医療に携わってきたんですけれども、患者さんに対して一・五人称と言いますか、「自分があなたの立場だったら」という言い方をよくしてきました。

例えば、解離性大動脈瘤になった80歳の方が手術をするかどうかの判断に迷っていた時には、「自分が80歳だったらこういう判断をします」と伝えました。皆藤先生の文章にも一人称と二人称、一人称と三人称の中間にあるような淡い表現がよく出てきますから、患者さんに向き合う自分のスタンスと似ていると感じたんです。

道端に咲く花など、もっと自分の外にあるものに目を向けて、自分のいのちを様々な関係性の中で捉えていくことが、よりよい社会、幸せな人生に繋がっていくのではないでしょうか

皆藤 章
臨床心理士

〈鎌田〉
それから2つ目には、本の中に河合隼雄先生の「3分の1の常識人」という言葉が紹介されていますけれども、ああ、これは本当にいい表現だなって思いました。

というのも、私が高校3年生の春、「医者になるために大学に行きたい」と父にお願いしたところ、当時我が家は貧しくて母も病気でしたから、「バカ野郎! 貧乏人は大学など行かず働けばいい」と言われて一度は諦めたんです。

でも、私には私の人生があるんだと諦められず、しばらくしてもう一度お願いしてみたのですが、また「バカ野郎!」と一喝された。それで思わずカッとなり、父親の首を絞めてしまったんですよ。

<皆藤> 
ああ、お父様の首を……。

<鎌田> 
父が涙を流しているのが目に入り、「これはいかん」と手が緩んだことで大事に至らなかったのですが、その後、父は「俺はお母さんの面倒を見るので精いっぱいだから何もしてやれない。自分で考えろ。その代わりおまえは自由だ」と、医学部進学を許してくれたんです。

そういう経験があったからでしょうね。医者として患者さんのためにどんなに働いても、NPO団体を立ち上げてどんなに人助けを頑張っても、自分の全部が善なのではない、どこかに必ず悪がいるんだという思いがありました。

〈皆藤〉 
自分の中にある悪の部分を自覚しながら生きてこられた。

〈鎌田〉 
ですから、河合先生の「3分の1の常識人」の表現を読んだ時、自分の中に「3分の1の悪人」がいるんだと納得するものがありましたし、むしろその悪を知っているからこそ、これまで仕事を続けることができた、あるいは作家として多くの本を書き続けることができたのかなって……。

河合先生が、自分の中にいる「3分の1の常識人」によって世の中を生きていくことができたとすれば、私の場合には「3分の1の悪人」が表に出ないようにすることが、働くことであり、生きることだったのかもしれません。

〈皆藤〉 
河合先生からこの「3分の1の常識人」の言葉を伺った時、私もいい表現だと思いました。全部でも半分でもなく3分の1だからこそ、自分の個性を十分に発揮しつつ、世の中の常識、ルールに則って生きていけるわけです。

……(続きは本誌をご覧ください)

~本記事の内容~
◇自分の中には「3分の1の悪人」がいる
◇何もしないことに全力を注げ
◇医者としての背骨になった父の言葉
◇人生を変えた生涯の師との出会い
◇本当に大切なものは形の向こう側にある
◇悲しき人間と共に歩む それが臨床心理士の道
◇原点に戻ることで進むべき道が見えてくる
◇生きていくプロセスに意味はやってくる
◇死をみることで命がみえてくる

本記事では鎌田さんと皆藤さんに、人生の様々な逆境を乗り越え、自分らしく生きるヒントを縦横に語り尽くしていただきました。

プロフィール

鎌田實

かまた・みのる――昭和23年東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の公立病院・諏訪中央病院に勤務。63年39歳で同病院院長に就任。地域一体型の医療に携わり、長野県を健康長寿県に導く。平成17年より名誉院長。また日本チェルノブイリ連帯基金と日本・イラク・メディカルネット創設し軌道に乗せ、現在は顧問。国際的な医療支援の取り組みで、読売国際協力賞、日本放送協会放送文化賞を受賞。近著に『鎌田實人生図書館』(マガジンハウス)『鎌田式 長生き食事術』(アスコム)など。

皆藤章

かいとう・あきら――昭和32年福井県生まれ。52年京都大学工学部入学。京都大学教育学部転学部。61年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定。大阪市立大学助教授、京都大学助教授などを経て、平成19年より京都大学大学院教育学研究科教授。30年4月からハーバード大学客員教授に就任。現在、奈良県立医科大学特任教授。文学博士。臨床心理士。著書に『それでも生きてゆく意味を求めて』(致知出版社)。


編集後記

トップ対談にご登場いただいたのは、医師や作家として幅広く活躍する鎌田實さんと、日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄氏の愛弟子である皆藤章さんです。それぞれ数々の生と死の現場に立ち会うと共に、ご自身も度重なる精神的な危機を乗り越えてきたお二人の体験談を披瀝していただきました。一度しかないこの命をどう生き切るか、自分らしい充実した人生を送るヒントが満載です。

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