〝諦め〟がひらいた音楽の世界 小林研一郎(指揮者)

情熱的な指揮で聴衆を魅了する「炎のマエストロ」こと小林研一郎氏。82歳の現在も、週に一度のペースで2時間を超す公演の指揮を執っている。氏の音楽家としてのスタートは作曲であり、20代は自身と向き合い試行錯誤を重ねてきた時期だったと振り返る。そんな氏の歩みから、道を切りひらく要諦を学ぶ。

神様から与えられたこの人生、一途に打ち込んでいればいつか希望の光が見えてくるものです

小林研一郎
指揮者

20代、それは僕にとって一番嫌な、一番好きな、一番変化の激しい時期でした。

様々な葛藤を抱え試行錯誤の日々を過ごす中で、その時その場で一所懸命、打ち込んできたことが今日の僕を築き上げてくれたと思っています。

僕が生まれたすぐ後に戦争が始まり、幼い頃は父親の背中におぶられB-29による爆撃に怯えて暮らしていました。

一方で、空襲が収まると辺りは一変し、静かな自然に囲まれた平和な時間が流れていました。戦争による恐怖心と大自然の美しさの両方が、音楽の道へ誘ってくれたのかもしれません。

高校の体育教員であった父は、小学校の教頭を務めていた母の学校によく僕を連れて行ってくれました。

僕が3歳の頃、学校にあったピアノで父が童謡「月の沙漠」を弾いてくれたことがあります。

右手だけの訥々としたメロディーから始まり、クライマックスの時に左手が加わり転調して曲の雰囲気が変わった瞬間、音色の素晴らしさに心奪われました。

「お父さん、もう一回弾いて、もう一回」「今度は僕にも弾かせて」、そうしつこく頼み込んだことが、音楽家を志す下地となりました。

プロフィール

小林研一郎

こばやし・けんいちろう―昭和15年福島県生まれ。東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。49年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞を受賞。その後、多くの音楽祭に出演する他、ヨーロッパの一流オーケストラを多数指揮。平成14年の「プラハの春音楽祭」では、東洋人初のオープニング「わが祖国」を指揮。ハンガリー国立フィル桂冠指揮者、名古屋フィル桂冠指揮者、日本フィル音楽監督、東京藝術大学教授、東京音楽大学客員教授などを歴任。ハンガリー政府よりハンガリー国大十字功労勲章(同国最高位)等を、国内では旭日中綬章、文化庁長官表彰、恩賜賞・日本芸術院賞等を受賞。


2022年11月1日 発行/ 12 月号

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