12 月号ピックアップ記事 /対談
『実語教』『童子教』に学ぶ 日本人の勤勉精神を育んだもの 數土文夫(JFEホールディングス名誉顧問) 齋藤 孝(明治大学文学部教授 )
長い歴史の中で子供たちのテキストとして読み続けられた『実語教』『童子教』という書物がある。とりわけ『実語教』は平安時代に生まれ、実に千年もの間、日本人の精神形成の支柱となってきた。両書を貫くもの、これがいまや日本人が忘れ去ろうとしている勤勉精神である。幼少期から『実語教』の教えに親しんできたJFEホールディングス名誉顧問・數土文夫氏と、弊社から『実語教』『童子教』の解説書を刊行している明治大学教授・齋藤孝氏に、その魅力や現代的な意義について語り合っていただいた。
福沢諭吉にしろ、勝海舟にしろ、高橋是清にしろ皆、貧乏ですよ。着るものにさえ不自由する中で、彼らは大事を成し遂げていったんです。
その気概がどこから生まれたのか。私はその答えは『実語教』だと思います。
『実語教』では貧しさと卑しさは違う、貧しいからといって卑屈にならず向上心を失うなと、いろいろな表現でそのことを説いているんです
數土文夫
JFEホールディングス名誉顧問
〈數土〉
私は齋藤先生の長年のファンで、ご著書も随分と拝読してきました。この混迷の時代に、『実語教』『童子教』にいま一度スポットを当てなくてはいけないと考えていたところ、こういう対談の機会をいただけて、とても嬉しく思っています。
〈齋藤〉
私も數土先生が執筆される『致知』の「巻頭の言葉」を読ませていただき、漢学の素養を生かしながら企業経営で多くの実績を積まれてきたことに大変敬服しているんです。そのように生きてこられた方は日本にはほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
ある意味、日本の精神文化を体現されてきたのが數土先生だというのが私の思いなんですね。
〈數土〉
尊敬する齋藤先生にそこまで言っていただいて光栄の至りです。
先生が致知出版社から出された『実語教』『童子教』の本は私も大変興味深く読ませていただきましたけれども、この二つは日本人の精神文化に多くの影響を与えた大切な書物でありながら、いまその存在が知られていないことが私は残念でなりません。
人生では時に、前に行くか後ろに退くか、右に行くか左に行くか迷う時があると思います。迷った時、一歩前に進んで前傾姿勢で受け止める。
私は「敬、怠に勝てば吉なり」という言葉にはそういう意味もあると捉えました。決定的に心の強い人はいません。
迷いながら「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」と自分に言い聞かせて一歩でも半歩でも前に進むと、受け止めやすくなるんですね
齋藤 孝
明治大学文学部教授
〈齋藤〉
おっしゃる通りですね。私がぜひ本を出版したいと思った理由も実はそこにありました。
『実語教』は平安時代末、『童子教』は鎌倉時代末と、それぞれ成立時期は違いますが、学びの大切さや礼儀作法、人との付き合い方など人間が生きる上での大切な知恵が簡潔な言葉で書かれていて、寺子屋教育などを通して日本人の間でずっと読み継がれてきました。
特に『実語教』について私は「日本人千年の教科書」という言い方をしていいと思っています。
〈數土〉
なるほど。その通りですね。
〈齋藤〉
例えば、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」という福沢諭吉の『学問のすゝめ』の冒頭の一節はあまりに有名ですが、その後に……(続きは本誌をご覧ください)
プロフィール
數土文夫
すど・ふみお――昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部冶金工学科を卒業後、川崎製鉄に入社。平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。22年相談役。経済同友会副代表幹事や日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長などを歴任し、令和元年よりJFEホールディングス名誉顧問。新著に『徳望を磨くリーダーの実践訓』(致知出版社)。
齋藤 孝
さいとう・たかし――昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。著書に『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『子どもと声に出して読みたい「童子教」』『齋藤孝のこくご教科書 小学一年生』『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『心を軽やかにする小林一茶名句百選』(いずれも致知出版社)など多数。
編集後記
『実語教』『童子教』と聞いてピンとくる人は少ないでしょう。しかし、両書には生きていくための大切な智恵が盛り込まれ、殊に江戸時代には寺子屋で子供たちが学ぶテキストとされてきました。長い歴史の中で日本人の精神的骨格をつくっていった両書の魅力を、JFEホールディングス名誉顧問の數土文夫さんと、明治大学文学部教授の齋藤孝さんに語り尽くしていただきました。
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