ペスタロッチの生き方が教えるもの 鈴木由美子(広島大学大学院人間社会科学研究科教授)

18世紀から19世紀にかけて社会的混乱が続いたスイスで、孤児や貧民をはじめとする子供たちの教育に人生を捧げたハインリッヒ・ペスタロッチ。その生涯は挫折と栄光の繰り返しだった。ペスタロッチの不屈の人生や教育論について広島大学大学院教授の鈴木由美子氏にお話しいただいた。
[写真:ペスタロッチが孤児院を開いていたシュタンツの女子修道院]

「私の心は、失敗にもめげず、毅然として、ひたすら同じ目標に向かってたぎりつづけたのです」

「神よ! あなたが与え給うた困窮に、私はどんなに感謝していることでしょう」

ハインリヒ・ペスタロッチ(1746~1827年)

スイスの教育家。チューリヒで生まれカール大学を中退。ルソーの影響を受け孤児教育や児童教育に一生を捧げた。その献身的な生き方や理念や実践は教育界に大きな影響を与えた。著書に『隠者の夕暮』『リーンハルトとゲルトルート』など。肖像は広島大学所蔵の「闘士ペスタロッチー」(バウムベルガー筆)。

ペスタロッチ研究を続けたことは人生の芯となり、生きやすさにも繋がっていったように思います

鈴木由美子
広島大学大学院人間社会科学研究科教授

ペスタロッチはいまから約280年前、スイスのチューリヒに生まれました。

医者だった父親を幼い頃に亡くし、母親と女中バーベリによって育てられます。父親は臨終の床にバーベリを呼んで「自分が死んだ後、生涯この家を支えてほしい」と伝え、彼女はその遺言を胸に留めて終生、無給でペスタロッチ家を支え続けるのです。ペスタロッチの献身的な生き方と女性に対する尊敬の念は、幼少期に間近に接したバーベリの影響によるものと思われます。

もう一人、少年期のペスタロッチに影響を与えたのが、近くの農村に住む祖父でした。牧師である祖父は、貧しい村の子供たちや家族を親身になって支援しており、その姿を見ていつしか自らも牧師を志すようになります。

神学を学ぶためにカール大学(チューリヒ大学の前身)に進学したペスタロッチが強い感化を受けたのが平等主義に立脚したルソーの政治思想でした。一時は仲間と共に過激な政治活動に関わり、官職に就いて法律の力で人々を救済したいと思うまでに傾倒していましたが、スイス当局を批判する文書を書いたとの身に覚えのない嫌疑を掛けられ、官職への道は閉ざされてしまいます。

神学の道も法律の道も放棄せざるを得なくなったペスタロッチは農場経営に乗り出します。自然災害に翻弄される農家の苦労を目の当たりにする中で、農業改良を通して人々を救済しようと考えたのです。

プロフィール

鈴木由美子

すずき・ゆみこ――広島大学大学院学校教育研究科修士課程、東北大学大学院教育学研究科博士課程後期単位取得退学。教育学博士(東北大学)。東北大学教育学部助手等を経て現職。専門は道徳教育論。著書、共著に『ペスタロッチー教育学の研究──幼児教育思想の成立』(玉川大学出版部/平成5年度日本保育学会保育学文献賞)『やさしい道徳授業のつくり方』『子どもが変わる道徳授業』(溪水社)など。


編集後記

世界の教育に大きな影響を与えたペスタロッチの人生について、広島大学大学院教授の鈴木由美子さんにお話しいただきました。社会的混乱が続く18~19世紀のスイスで、孤児や貧民の教育に人生を捧げようと決意し、実行したペスタロッチの無私の生き方に学びます。

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