自省自修の人 曽国藩の生き方に学ぶ 清水稔(佛教大学名誉教授)

中国・清末に曽国藩という官僚がいた。太平天国の乱を鎮圧し、洋務運動という中国近代化への道に先鞭をつけた人物だが、その62年の生涯が修養で貫かれていたことはあまり知られていない。修養という一心で激動の時代に向き合った曽国藩の生き方を、中国近代史がご専門の佛教大学名誉教授・清水稔氏に語っていただく。

家は勤なれば興り、人は倹なれば健(すこ)やか。勤・倹につとめれば、永遠に貧賤(ひんせん)となることはないであろう

曽国藩
(1811―1872)

そう・こくはん――1811~1872年。湖南省湘郷県(現・双峰県)に生まれる。科挙に合格して翰林院入りを果たし官僚として異例の早さで昇進、地方官最高位で花形の両江・直隷の総督となる。太平天国の乱では私的軍団湘軍を編成、太平軍を滅ぼし清朝を救った。その功により清朝貴族最高位の一等侯爵に封じられた。一方では洋務運動を推進し中国近代化に大きな役割を果たした。「文(古文)によって道を求める」桐城派の作風と実践を重んずる宋学(朱子学)を修め、当代一流の文人、学者としても知られる。
〔肖像は清水稔氏提供〕

曽国藩にとって自省自修は終生のテーマでした

清水稔
佛教大学名誉教授

曽国藩にとって自省自修は終生のテーマでした。いわゆる儒教的徳目を体得し、それを目の前で起きる様々な問題に対応させていきました。しかも、それは決して教条的で型にはまった堅苦しいものではなく、アメーバのようにその時々求められるものに随時対応させていく柔軟さをも備えたものでした。

プロフィール

清水稔

しみず・みのる―昭和20年生まれ。岐阜市在住。名古屋大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専攻は中国近代史・近代日中文化交流史。平成3年佛教大学教授となり副学長など歴任。著書に『曽国藩 天を畏れ勤・倹・清を全うした官僚』(山川出版社)『湖南五四運動小史』(同朋舎)など。


編集後記

清末のエリート官僚で、太平天国の乱を鎮圧、中国近代化への道をひらいたことで知られる曽国藩。佛教大学名誉教授の清水稔さんには、修養精神に貫かれたその62年の人生について紐解いていただきました。

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