その他の東洋古典の名言 三国志

正史、六十五巻。晋の陳寿撰。魏・呉・蜀三国の歴史。魏志三十巻、呉志二十巻、蜀志十五巻からなる。魏志の「東夷伝―倭(魏志倭人伝)」は日本に関する最古の文献の一つで、日本上代史研究上貴重な資料となっている。


子は治世の能臣(のうしん)、乱世の姦雄(かんゆう)なり

(「そなたは太平の時代であれば有能な臣下となるが、乱世ともなれば奸知にたけた英雄となろう」――許劭という人物鑑定の名手が若き日の曹操を表した言葉)

読書百遍而(しか)して義自ら見(あらわ)る

(「百遍も繰り返し読めば、書かれている意味は自ずから分かってくる」――魏の董遇という学者が弟子を戒めた言葉。日本では「読書百遍、意自ら通ず」で通用してきた)

時務を識(し)るは、俊傑(しゅんけつ)に在り

(「時代を読んで、どう動くべきかを知っているのはすぐれた人物だけである」――不遇時代の劉備が司馬徳操という名士の下に訪れて語り合った際に徳操が言った言葉。この言葉に継いで諸葛亮と統の名を劉備に伝えた)

蛟竜(こうりゅう)、雲雨(うんう)を得ば、終(つい)に池中(ちちゅう)の物に非ざらん

(「地に潜む龍は一旦雲雨に恵まれさえすれば、いつまでも狭い池の中にとどまっていないであろう」――呉の提督であった周瑜が劉備を「蛟竜」になぞらえて、勢力の増大を警戒して述べた言葉。 ※成語である「蛟竜雲雨を得」の出典)

吾(われ)謂(おも)えらく、大弟(たいてい)但(ただ)に武略あるのみと。今に至りて学識英博(えいはく)なり。復(ま)た呉下(ごか)の阿蒙(あもう)に非ざるなり

(「そなたは戦に強いだけの人物だと思っていた。ところがいま話し合ってみると、学識も素晴らしいではないか。もはや昔の蒙君ではなくなったなあ」――呉の孫権配下の武将であった呂蒙は、戦上手ではあったが学問教養には欠けていた。ところが後に発憤し、猛勉強を続けた結果、見事な変貌を遂げた。その変身ぶりを先輩の将軍である魯粛が評した言葉。 ※成語である「呉下の阿蒙」の出典)

臣、鞠躬(きくきゅう)尽力、死して後已(や)まん

(「私は先代である劉備の遺詔を実現すべく、生きている限り、渾身の力を振り絞る所存です」――諸葛亮が二代目劉禅に奉った「後出師表」の結びの下り。 ※成語である「鞠躬尽力」の出典)

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