5 月号ピックアップ記事 /対談
二宮尊徳の歩いた道 二宮康裕 (二宮総本家当主) 北 康利 (作家)
報徳仕法という独自の理論によって600を超える村々を窮乏から救った農政家・二宮尊徳(金次郎)。他に類を見ない財政家であり思想家、土木技師でもあった尊徳だが、その存在は日本人の間から次第に忘れられつつある。「倦まず弛まず」の言葉の如く、常に率先垂範で農村改革を推進した尊徳に私たちが学ぶべきものは多い。その歩みや信条を二宮総本家当主・二宮康裕氏と、弊誌にて「二宮尊徳 世界に誇るべき偉人の生涯」の連載を始めた作家・北康利氏に語り合っていただいた。
金次郎は朝誰よりも早く農地に出て働いて農民たちを指導し、夕刻は皆が帰った後に帰る。そのことが物語ではなく史実として記録されています。
率先垂範というのはできそうでなかなかできません。
「目で教え、口で教え、体で教える」という金次郎の言葉も、率先垂範の人である金次郎にして言える言葉ではないでしょうか
二宮康裕
二宮総本家当主
〈二宮〉
初めてお目に掛かります。本日はお話ができることを楽しみにしていました。
〈北〉
私のほうこそ二宮総本家のご当主にお会いできたことを大変光栄に思っております。きょうは少し早めに小田原に入りましたので、金次郎の故郷であるここ栢山一帯を歩き、幼少期に菜の花を植えた顕彰碑の前に佇みながら、その不撓不屈の人生に思いを廻らせておりました。
〈二宮〉
そうでしたか。北さんが『致知』で「二宮尊徳 世界に誇るべき偉人の生涯」の連載を始められたと聞いて、私も拝見いたしました。金次郎の遺体が小田原ではなく日光に埋葬されていることなど大変重要な問題に着目してくださったことを嬉しく思います。
〈北〉
お読みいただいたのですね。ありがとうございます。二宮さんは長年、金次郎の著作や日記、書簡などをもとに丹念に研究してこられたと伺っていますので、きょうは胸をお借りするつもりでまいりました。
〈二宮〉
金次郎といえば、薪を背負って歩きながら本を読んでいる銅像をイメージする人が多いと思います。
大変勤勉で向学心に燃えていたことは、19歳から約50年にわたって書き続けた日記の記載からも明らかなのですが、金次郎像はあくまでも「物語の中の少年」にすぎません。
金次郎の思想や業績に対する生きた記録は、主著『三才報徳金毛録』などの著作や日記、仕法書(農村改革事業の計画書)に残されています。またこれらは全集に収められていて、その量は実に36巻、46,000頁に及びますので、研究者でも尻込みしているのが実情なんです。
金次郎自身、亡くなる前年に「予が書簡を見よ、予が日記を見よ」と書き残していて、金次郎研究の原点はここにあるというのが私の一貫した研究のスタンスでもあるんですね。
金次郎は何といっても天を相手にしていますので、圧倒的に視座が高いのです。
自分が偉くなろうとか、楽しようとか、蓄財しようとかいう邪心も全くない。野州桜町の復興に出向いた時も、栢山の家屋敷を売り払い、自分の資産は桜町仕法にすべて注ぎ込んだくらいです。
そのような無私の生き方にも大きな魅力を感じますね
北 康利
作家
〈二宮〉
北さんが『致知』で金次郎の連載を始められたのは、どういう思いからですか。
〈北〉
私が金次郎を取り上げたいと思った理由は、連載の冒頭に掲げた武者の小路実篤の言葉に集約されています。
「二宮尊徳はどんな人か。かう聞かれて、尊徳のことをまるで知らない人が日本人にあったら、日本人の恥だと思ふ。それ以上、世界の人が二宮尊徳の名をまだ十分に知らないのは、我らの恥だと思ふ」
実篤のこの言葉は、金次郎の偉大さを説いて余りあるのではないでしょうか。
そもそも私が評伝を書くようになった理由は、「人間とはどういう存在なのだろう」「生きるとはどういうことなのだろう」という誰しもが抱く疑問に対し、いろいろな偉人の人生を通して演繹的にその答えに迫りたいと思ったからです。
松下幸之助、稲盛和夫といった偉人は皆、こうすれば人生やビジネスは必ずうまくいくという普遍的な極意を見出しています。その中でも群を抜いているのが金次郎なんです。
私が評伝を書いた銀行王・安田善次郎も渋沢栄一も金次郎から多くを学んでいますし、真珠王・御木本幸吉は「海の二宮尊徳たらん」という言葉さえ残しています。
〈二宮〉
金次郎が後世の人たちにどれだけの影響を与えたかがよく分かります。
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▼史料で明らかになる二宮金次郎の実像
▼日本人が忘れた金次郎の存在
▼SDGsの魁となった報徳仕法
▼目で教え、口で教え、体で教える
▼勤労の大切さを説き続けた金次郎
▼辛い洪水体験が思想を決定づけた
▼成田山参籠と「一円思想」の開眼
▼小田原藩はなぜ金次郎を追放したのか
▼自立を促してこそ真の推譲
▼倦まず弛まず「譲りの道」を
プロフィール
二宮康裕
にのみや・やすひろ――昭和22年神奈川県生まれ。東北大学大学院博士課程前期(日本思想史)修了、同後期中退。出版社編集部、公立学校教員を経て、二宮金次郎研究に専念。二宮総本家当主。著書に『日記・書簡・仕法書・著作から見た二宮金次郎の人生と思想』(麗澤大学出版会)『二宮金次郎正伝』(モラロジー研究所)『日本人のこころの言葉 二宮金次郎』(創元社)『二宮金次郎と善栄寺』(スポーツプラザ報徳)など。
北 康利
きた・やすとし――昭和35年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券業務企画部長等を歴任。平成20年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)で第14回山本七平賞受賞。著書に『思い邪なし 京セラ創業者稲盛和夫』(毎日新聞出版)など多数。近著に『ブラジャーで天下をとった男 ワコール創業者 塚本幸一』(プレジデント社)がある。
編集後記
北康利さんの連載「二宮尊徳 世界に誇るべき偉人の生涯」が始まったことを踏まえ、尊徳の血脈を継ぐ二宮総本家当主の二宮康裕さんとご対談いただきました。残された著書や日記など膨大な史料から明らかになる尊徳の実像。二宮さんは尊徳が読み込んだとされる『大学』や『童子教』など貴重な書物もお持ちくださり、時空間を超えて尊徳と触れ合える喜びに感動も一入でした。
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