3 月号ピックアップ記事 /対談
体験的読書のすすめ 齋藤 孝(明治大学教授) 又吉直樹(お笑い芸人/作家)
長年日本語教育に携わっている明治大学教授の齋藤 孝氏は、「声に出して読みたい日本語シリーズ」「速音読シリーズ」など数々のベストセラーを生み出してきた。無類の読書家として知られるお笑い芸人・又吉直樹氏は小説『火花』でお笑い芸人として初の芥川賞受賞という快挙を成し遂げ、小説やエッセイの執筆など精力的な活動を続けている。その二人が縦横に語り合う、人格形成のもととなった読書体験、忘れ難き名作――。
自分の変化を掴めることこそが名作の力であり、何度も読み直すことで名作がより味わえるようになります
又吉直樹
お笑い芸人/作家
又吉
僕は以前、出版社から推薦文の依頼で、遠藤周作さんの『沈黙』の帯に「人生に必要なのは悟りではなく迷いだと思います」と書かせていただきました。というのも、迷っていたり答えを簡単に出せない状況が、一番〝筋力〟を必要とすると感じているからです。
『沈黙』は特に葛藤を描いた小説ですし、私たちが暮らす日常でも理不尽が突然なくなるわけはないので、葛藤しながらも迷い続けることが大事だと思っています。
齋藤
答えのない状況に耐える力は重要ですね。私は運動部だったので〝筋力〟という表現がよく分かります。懸垂の途中で止まっているような、そういう何かの状態を保持している時が精神の粘りどころですよね。そう思うと、読書をしていると自然に粘りのパワーが培われます。読書に慣れない人は特に、一行一行読み進めるのは大変ですから。
又吉
そうですね。僕も最初からすべての本が気持ちよく読めたわけではありません。最初に読んだ時はちょっと大変だと感じた本でも、いろんな本を読んだ後に再び読み返すと、読む体力がついているので以前とは違った感覚で読めた経験が何度もあります。
現代は情報過多の時代ですが、本棚に名作を並べて、自分の中に確固たる軸を築いていってほしいです
齋藤 孝
明治大学教授
又吉
齋藤先生もよく聞かれると思うんですけど、「どうしたら本が読めるようになりますか?」「小説の何が面白いんですか?」と質問されると困るんですね。ちょっとしんどい瞬間があった後に得られる面白さや気持ちよさなので、初めから楽しい状態に入るやり方を教えてくれと言われると、何と答えたらよいのか……。先生はそういう時どうお答えしていますか?
齋藤
大学生の中にも本当に本が読めない人ってたまにいるんですね。その場合は短編集を薦めています。芥川龍之介の『羅生門』や『鼻』などはそんなに長くありません。丸々一冊読まなくても、短い一作品を読んだらそれで一冊を読んだとカウントしたらいいと伝えています。そうすると短編集一冊読んだだけで、10~20近い作品について語れるようになります。
私自身の経験でいえば、高校時代に文芸評論家の小林秀雄の作品を読んだ時に、少し分かりづらい箇所がありました。それを私は小林秀雄から出されている練習メニューだと捉えたんです(笑)。スポーツに置き換えると、日々の練習メニューから逃げた先に成長はありませんので、この本も絶対に理解できるはずと考えて読み進めたんです。
プロフィール
齋藤 孝
さいとう・たかし――昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『楽しみながら1分で脳を鍛える速音読』『齋藤孝のこくご教科書 小学一年生』『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『国語の力がもっとグングン伸びる1分間速音読ドリル2』(いずれも致知出版社)など多数。
又吉直樹
またよし・なおき――昭和55年大阪府生まれ。高校卒業と同時に上京し、平成11年吉本総合芸能学院(NSC)東京5期生として入学。15年お笑いコンビ「ピース」を結成。27年『火花』(文藝春秋)で第153回芥川賞受賞。著書に『劇場』(新潮社)『人間』(毎日新聞出版)『東京百景』(角川文庫)など多数。
編集後記
「速音読シリーズ」など数々のベストセラーを生み出した明治大学教授・齋藤孝さんとお笑い芸人初の芥川賞受賞作家・又吉直樹さん。無類の読書家であるお二人の人格形成のもとになった幼少期の読書体験や心に残る名作についての談義に思わず心が弾みます。「読書の意義」「名作の持つ力」などの視点で語り合う読書論は、私たちに多くの気づきを与えてくれます。
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