仕事に一所懸命、人には優しく 小澤民枝(喫茶「ニット」女将)

江戸時代から栄える歴史ある庶民の街・錦糸町。その駅前の通りを曲がると、昔ながらの風情漂う喫茶店に目が留まる。未経験から60年カウンターに立ち、移り変わりの激しい町で看板を守ってきた女将・小澤民枝さんのお人柄に、店が愛される所以が垣間見える。

努力をしていると人生は開けてきますね、いいほうに

小澤民枝
喫茶「ニット」女将

──かれこれ60年、錦糸町(きんしちょう)で愛され続ける喫茶店があると知ってやってまいりました。まだ11時ですが、60席がほとんど埋まっていて、すごい賑わいです。

〈小澤〉
マスターをしていた主人が亡くなって20年が経ちますけど、おかげさまで主人が元気だった頃より繁盛しちゃって。いまが一番忙しいですよ。

──革張りのソファもふかふかで心地よく、素敵な雰囲気ですね。

案外、若い方が多いでしょう? ドラマや雑誌のロケでよくお貸ししていましてね。この間、ある俳優さんがここで撮影したことを知った女子高生が先生に無理を言って、愛媛県から修学旅行の途中でわざわざ来てくれました。

──通われる方も多いでしょう。

何十年と通ってくださっている常連さんもいますし、昔から知っているご近所さんで、来る度に必ずお土産を買ってきてくださる方もいます。あんまり申し訳ないから、そういう方にはお中元やお歳暮をお贈りするんです。

さっき聞いたらね、キッチンを担当しているチーフは今年で50年近く、主任は40年近く、うちを支えてくれているんです。私の娘と、跡継ぎになる孫も手伝ってくれていますけど、あの二人もまあ身内同然ですね。

──ああ、スタッフも家族のような絆で結ばれている。小澤さんは今年で卒寿になられたそうですね。

あっという間でしたねぇ。まさかこんなに長生きすると思わなかった(笑)。80いくつの頃はね、開店のちょっと前、8時半ごろ来てそのへんを掃除したり、植木に水をやったり、布巾の洗濯まで全部自分でしていました。

いまはお店の三階に孫と暮らしていますが、階段が急なんです。アルバイトの若い子が「よいしょ、よいしょ」って上ってきてね。「ママさんはこれを毎日上り下りして、よく平気ですね」と驚かれました。これがリハビリになっているんだって言う人もいましたね。

──それが健康の秘訣。

最近はさすがに無理が利かなくなりましたが、お店には毎日顔を出します。疲れていても、お昼になると気になって下に降りちゃう。すると顔見知りの方が来ていて、「ママさん元気だった?」「よかった~! 顔を見られて」なんて言ってもらえるんです。やっぱりこれがいいんでしょうね。


本記事では小澤さんに、疎開先そして錦糸町での戦争体験に始まり、栄枯盛衰の激しい飲食業界、それも錦糸町でお店を続けてこられた中で得た人生の教訓を味わい深く語っていただいています。

 ■老若男女に愛される憩いの場
 ■伊豆の漁師町から眺めた戦火
 ■始めた仕事はとにかく一所懸命に
 ■「やめないで」皆の声に救われて

プロフィール

小澤民枝

おざわ・たみえ――昭和9年東京生まれ。幼少期から家業の羊毛メリヤス工場を手伝う。昭和40年夫の利男氏と共に東京・錦糸町に喫茶「ニット」を開店。30歳より60年にわたり、経営に携わる。


編集後記

年季の入った扉を開けると、お昼の忙しい時間にもかかわらず、女将の小沢さんが奥から歩み出て、席へ案内してくださいました。年齢や性別を問わない客層の広さに感心しながらお話を伺っていると、そこに輪をかけて記憶力のよさに驚嘆しました。遠い昔、疎開の頃の会話や風景を臨場感たっぷりに語ってくださり、その時代に生きた人でないと知り得ない事柄の数々が大変勉強になりました。一つのお店を60年切り盛りしてこられた小澤さんの、一見聞き慣れた言葉の中にある深い実感に心が温かくなる取材でした。

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