繁栄するものと廃れゆくものの道 田口佳史(東洋思想研究家) 今井博文(富士製薬工業会長)

産婦人科関連の医薬品でトップクラスを誇る富士製薬工業。同社には他社にはない十数年来の取り組みがある。徳目評価を組み込んだ独自の人事制度である。会長の今井博文氏が事業における徳の重要さに気づいたのは約20年前。爾来、徳に力点を置いた経営を続け、業績を飛躍的に伸ばしている。今井氏が師と仰ぐ東洋思想研究家の田口佳史氏と共に、これまでの歩みを振り返っていただきながら、事業のあるべき姿を語り合っていただいた。

私は徳という言葉を「いきおい」と説きました。

実際に奈良時代までは徳を「いきおい」と読んでいました。これはもともと天皇が用いられた言葉で、疫病などが流行るとそれをご自分の不徳と捉えて「私にいきおいがなかった」と表現されています。

要するに森羅万象をすべて味方に付けてそれで防御を張るくらいのいきおいが自分にはなかったという意味でこの言葉を用いられているんです

田口佳史
東洋思想研究家

〈今井〉
師と仰ぐ田口先生と対談する機会をいただけて、とても光栄です。たくさんの教え子がいらっしゃる中で私を対談相手にご指名いただいたと聞いて恐縮するばかりで……。

〈田口〉 
いや、私は今井さんの謙虚なお人柄と、経営者としての手腕を高く評価していますし、とりわけ10年以上にわたる徳をベースにした社風づくりには刮目すべきものがあると思っているんです。それは必ずや多くの経営者の指針となるはずです。

きょうはこれまでの人生の歩みを含めて経営者としての思いをぜひ心ゆくまでお話しください。

〈今井〉 
身に余るお言葉をありがとうございます。

〈田口〉 
改めて振り返ってみると、今井さんとのお付き合いも随分長いですね。かれこれ30年になりますか。お会いした頃、あなたはまだ社長を継がれる前、30歳前後だった。

〈今井〉 
はい。次世代の経営幹部候補を対象とした田口先生の研修に参加させていただいたのが最初でした。

それからしばらくして先生のご著書『人生尊重なき企業は滅びる』を読んでとても感じ入るものがありました。というのも、「人が一番」であり、「人、仲間の一人ひとりの人生を大切にする経営をしたい」という創業者である先代・今井精一の思いの根っこの部分が、先生の本を通して少し理解できたんです。特に「愛」という言葉には大変共感しました。

私が興味深かったのは、この10年余りのデータを蓄積して分析してみると、実績を出している社員と徳目評価が高い社員が相関していたことです。

事業における徳の重要性が確信でき、それを全社員と共有できるだけでも、徳目評価制度を取り入れた意義は十分にあったと思います

今井博文
富士製薬工業会長

〈今井〉 
当社の経営理念と徳は全く同じものであると気づいたのは20年ほど前ですが、それを社内でどのように取り入れたらよいかを真剣に考えるようになりました。経営理念や徳の実践は、会社経営のど真ん中にあるものであり、それを具体的な行動指針として活用していくことが大きな課題となっていったんです。

そこで思いついたのが人事制度に徳の要素を盛り込むことでした。いろいろな試行錯誤を経て2011年に徳目評価を組み入れた新たな人事制度をスタートさせ、5回見直しを重ねながら今日に至っています。このような制度を採用したのは、おそらく全国で初めてでしょう。ここでも田口先生には全面的なご尽力をいただきました。

〈田口〉
単に業績だけでなくその人の人間性も見ていこうというわけなので、最初はいろいろな反発もありましたね。

〈今井〉
そうですね。とりわけ30代、40代の中堅社員からは「なぜそんなことをする必要があるのか。大切なのは業績。一人ひとりの業績をもっとしっかり見てほしい」といった反発も随分多くありました。

〈田口〉
私が感心したのは、社内から多くの反発があったにも拘らず、今井さんは決してご自身の信念を曲げなかったことです。粘り強く社員と向き合って、この人事制度を社内に定着してこられた。

〈今井〉 
それはやはり経営のど真ん中に徳を位置づけなくてはいけないという揺るぎない確信が私の中にありましたからね。先生から薫陶を受けたおかげだと思います。それに加えて管理部門を中心にそれを理解してくれる社員がいたことも大きな力になりました。



▼後継者は覚悟を決めること
▼トップは万卒のために死ぬ心根を持つ
▼何より重要なものは経営理念
▼経営理念を具体的な形に
▼これからの時代の新たなリーダー像
▼徳とは「いきおい」のこと
▼徳目評価を組み入れた全国初の人事制度
▼徳目評価が高い社員ほど実績を出している
▼当事者意識のある社員がどのくらいいるか
▼宇宙の理法を経営に活かす

プロフィール

田口佳史

たぐち・よしふみ――昭和17年東京都生まれ。新進の記録映画監督としてバンコク市郊外で撮影中、水牛2頭に襲われ瀕死の重傷を負う。生死の狭間で『老子』と運命的に出会い、東洋思想研究に転身。「東洋思想」を基盤とする経営思想体系「タオ・マネジメント」を構築・実践し、1万人超の企業経営者や政治家らを育て上げてきた。主な著書(致知出版社刊)に『「大学」に学ぶ人間学』『「書経」講義録』他多数。最新刊に『「中庸」講義録』。

今井博文

いまい・ひろふみ――昭和39年富山県生まれ。62年富士製薬工業に入社。取締役、専務を経て平成10年社長に就任。24年東証一部上場を果たす。28年代表取締役会長。公益財団法人今井精一記念財団代表理事も務める。


編集後記

産婦人科関連の治療薬を中心に業績を伸ばし続ける富士製薬工業には、一つの大きな特徴があります。人事制度に「徳目」の評価項目が盛り込まれている点です。仁義礼智信などの徳目を具体的な行動指針として浸透させることで、確実に社風が向上しました。徳に基づいた経営の意義について、同社会長の今井博文さんと今井さんが師と仰ぐ東洋思想研究家の田口佳史さんに語り合っていただきました。

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