あなたの中には未知の能力が眠っている 中澤公孝(東京大学大学院総合文化研究科教授)

事故や病気によって、呆気なく体の自由が奪われる可能性は誰しもある。消沈し、希望を見失っても不思議はない。
しかし、東京大学大学院教授・中澤公孝氏は、ある条件を満たすと脳は驚異的な変化を見せ、却(かえ)って健常時を超える能力が引き出されるとの仮説を構築している。世界に先駆ける研究の現場からの証言に耳を傾けたい。

いま言えることは「障碍とは失うことばかりではない。ポジティブに変わる可能性を秘めている」ということ

中澤公孝
東京大学大学院総合文化研究科教授

何だこれは! こんなことが起こるのか……。その時の衝撃は、いまも忘れることができません。

あれは東京2020オリンピック・パラリンピック開催に向け、気運が高まってきた2015年のことでした。テレビ局から私の研究室に番組の協力依頼があり、パラリンピアン(パラリンピック出場選手)の身体能力の秘密を探ることになりました。

前の職場である国立障害者リハビリテーションセンター(以下:国リハ)研究所に勤め始めた20代半ばから約30年、私は健常者から障碍者まで、アスリートを含めて様々な人の運動機能の測定に携わってきました。それで白羽の矢が立ったのでしょう、依頼の一つ目は、ある水泳選手の筋活動を測ってほしいというものでした。

その選手とは、アメリカのパラ水泳女子のコートニー・ジョーダン選手でした。2008年の北京五輪に始まり、ロンドン、そして当時翌年に控えていたリオデジャネイロ五輪にも連続で出場し、金を含む総計12個ものメダルを獲得した世界チャンピオンです。

彼女の障碍は、出生の前後で脳が大きな損傷を負ったことによる、左半身の重い麻痺でした。生まれつき脳卒中の患者さんに近い障碍を抱えていたのです。

渡米した私たちは、彼女の体に防水センサーをつけて筋活動を記録。次いでプールサイドを歩いてもらいました。初めて生で見る彼女の泳ぎは事前に動画を観た印象、想像を遥かに上回るダイナミックさで、両腕を大きく動かしての見事なクロール、バタフライに圧倒されっ放しでした。水から上がり、麻痺のある手足で歩く姿にギャップを感じたほどです。

これだけでも驚きでしたが、彼女の脳をMRI撮影し、画像を目にした瞬間、息を呑みました。本人に見せるのも躊躇(ためら)われるほど大きな、黒い〝穴〟のような損傷が見えたからです。左半身に関わる右脳の、運動や感覚を司る領域、特に手指など上肢の支配領域はほぼ喪失していました。

こんな状態であの泳ぎをしていたのか! 冒頭の「衝撃」という表現は、研究者としての私の率直な思いです。

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▼中澤教授には、常人を凌駕する記録を叩き出すパラリンピアンたちとの出逢い、その脳や体の研究結果を踏まえ、人の体に眠る力が引き出される条件について語っていただきました。

◉脳性麻痺の水泳世界王者との出逢い
◉研究はロマン 大きな山を築け
◉パラリンピアンの脳で何が起きているのか?
◉鍵はフォーカスとモチベーション
◉「失ったものを数えるな 残ったものを生かせ」

プロフィール

中澤公孝

なかざわ・きみたか――昭和37年長野県生まれ。60年金沢大学教育学部卒業、平成3年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了、国立障害者リハビリテーションセンターに勤務。同研究所運動機能系障害研究部長を経て21年より現職。近著に『パラリンピックブレイン』(東京大学出版会)。


編集後記

東京大学大学院で、中澤公孝さんが意欲を燃やす〝パラリンピックブレイン〟研究。既に判明した事実の数々は、先哲が口を揃える「試練がその人の力を引き出す」という教えを証明しているかのようです。回復の見込みが低いとされる障碍や怪我を克服できる日が近いかもしれません。

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