9 月号ピックアップ記事 /エッセイ
大学生に衝撃と感動を与えたカント道徳 夏目研一(都留文科大学元非常勤講師)
哲学者イマヌエル・カントの説く道徳論が、大学生に衝撃と感動の渦を巻き起こした――。夏目研一氏は、難解なカント道徳をいかに繙(ひもと)き、現代の若者たちに覚醒(かくせい)をもたらしたのか。この混迷期に新しい「時代を拓く」ヒントを、カント道徳から探る。
イマヌエル・カント
Immanuel Kant
1724~1804年。ドイツの哲学者、思想家、大学教授。『純粋理性批判』『道徳形而上学の基礎づけ』『実践理性批判』『判断力批判』他を発表し、認識論及び道徳論における「コペルニクス的転回」をもたらした。
「今までに出会ったことのない本質をつく道徳論に出会い、衝撃や腑に落ちる感覚を何度も味わいながら道徳教育を学ぶことができた」
これは、私の授業を受講した大学生のコメントです。
私は50歳の時に志を立て、大学院に進んで文学・哲学を研究し、61歳から非常勤講師として大学の教壇に立ちました。そして教職を志す学生が多数在籍する大学で、「道徳教育の方法」をテーマに、カントの提唱した道徳を講じたところ、学生たちは大きな衝撃と感動をもって受け止めてくれたのです。
カントは、近代哲学の祖と謳われ、現代の思想・哲学の元を辿ればすべてカントに行き着くといっても過言ではないほどの巨人です。しかし、カント道徳に関する既存の研究論文の大半はその思想を頭だけで解釈したものであり、研究者自身の実人生に落とし込んで再現したものではないため、肝心な部分が十分伝わっていないことを残念に思っていました。
将来教育の現場に立つ学生たちに教えるからには、その講義内容は極力具体的で実践的でなくてはならない。私は試行錯誤を重ねながら具体例を数多く挙げて講義することを心がけ、学生にも、首から上だけで読まず自分の体験に落とし込んで味わうよう促しました。毎年前期・後期それぞれ15回だけの授業。至難の業でした。
授業の数回目までは学生たちからの強い疑いや反発が頻出するのですが、疑問・反論があれば大いにツッコミを入れてほしいと受け入れ、そうやって寄せられたコメントを必ず丁寧にフィードバックして学生全体で共有する。そうした講義を重ねていくうちに、学生たちの受講態度は徐々に変わり、夢中で耳を傾けてくれるようになっていくのです。
私の講義を受けた学生の多くは、自分はこれまでそこそこ道徳性があると自惚れていました。しかし、自分の行為の動機をつぶさに点検していくと、自分の利や快や情念(幸福)の実現こそが本音であり、その手段として善を行っていることに気づいて愕然とするのです
夏目研一
都留文科大学元非常勤講師
プロフィール
夏目研一
なつめ・けんいち――昭和28年生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程満期終了退学。公立・私立大学の元非常勤講師。カント道徳を基礎にした道徳教育を長年提案してきた。著書に『危険な教育改革』(鳥影社)がある。
編集後記
難解に思えるカントの道徳哲学が、長年学校教育の現場に携わってきた夏目研一さんの語りによって、心にスーッと入ってくる感覚があります。自身が体験を通して掴んだカント道徳の具体的な実践法は、人生の目的を見失いがちな現代社会にひと筋の光明をもたらしてくれます。
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