故郷の愛をワインに込めて ヌツィキ・ビエラ(アスリナ社長)

「南アフリカでワインをつくる素晴らしい女性が来日するのですが、『致知』でぜひ取材していただけませんか?」

『致知』の愛読者からそのようなご連絡をいただき、今回の企画が実現しました。ヌツィキさんの故郷は、以前は電気が通っておらず、アパルトヘイトという人種差別も行われていました。そんな環境下で、お祖母様や家族、故郷の村に恩返しがしたいという一念で幾つもの壁を乗り越え、ワイン醸造家として一道を極めたヌツィキさんの信念、行動力に頭が下がります。

自ら道を切り拓かなければ人生は変えられない。その一心で私は夢を追い続けました

ヌツィキ・ビエラ
アスリナ社長

(ヌツィキさんの故郷はどのようなところですか?)

ヌツィキ 
 南アフリカ共和国の北東に位置するクワズール・ナタール州にある人口500名くらいの小さな農村です。ケープタウンからは飛行機に2時間乗って、さらにそこから車で2時間半ほど行った場所にあります。
 本当に何もないところで、2004年、私が就職した頃にようやく電気が通ったんです。ですから、それまでは川から水を汲んだり森から木を拾ってきたりするのが子供たちの仕事でした。毎日片道2キロの道のりを往復し、20リットルの水を頭の上に乗せて運んでいたんです。よくどんな生活でしたかと聞かれると、「キャンプをしながら育ったようなものよ(笑)」って答えているんです。

(南アフリカでは1991年まで、アパルトヘイト(人種隔離政策)が長年行われていましたね)

ヌツィキ 
 ええ。ただ、白人と黒人の居住区が完全に分かれていて、私の故郷は全員が黒人だったので、私が人種の差を意識するようになったのは大学に進学してからです。
 1999年にケープタウンの近くにあるステレンボッシュ大学に入学した時は、既にアパルトヘイトは終焉していましたが、その地域は以前白人の居住区で、当時大学に通っていたのはほとんど白人。黒人や有色人種は60人のクラスで5名ほどでした。キャンパスを歩いていると「なんで黒人がいるんだ」と言われたこともありましたし、直接言われなくても差別を感じることは度々ありました。

幾多の逆境を乗り越えながら、いかにして世界で愛されるワインをつくりあげることができたのか――

この後、こんなお話をしていただきました

・人種や言語の壁を乗り越えて奮闘努力した日々
・初めて飲んだワインの衝撃的な味
・独立を見据えたワインづくり修業
・美味しいワインをつくる秘訣
・女性、黒人という二つの壁を乗り越え掴んだもの

プロフィール

ヌツィキ・ビエラ

Ntsiki・Biyela―1978年南アフリカ共和国生まれ。1999年ケープタウンの近くに位置するステレンボッシュ大学入学。2003年同大学卒業。2004年ステレカヤに就職。2006年同国内にある唯一の国際品評会で金賞を受賞、2009年woman wine maker of the yearに選出。2016年アスリナ創業。2019年4月より日本国内でも販売開始、同年サクラアワード2019金賞、ジャパン・ワイン・チャレンジ2019銀賞を受賞。


2019年11月1日 発行/ 12 月号

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