感謝を忘れず粛々と精進するのみ 大倉源次郎(能楽小鼓方大倉流十六世宗家/人間国宝)

力強い掛け声と柔らかな小鼓の音色で観客を能楽の深奥な世界に誘う能楽囃子小鼓方・大倉源次郎氏。室町時代中期から続く大倉流の宗家、人間国宝として日本の能楽界を牽引してきた氏に、試行錯誤を重ねた修業時代、人生・仕事の支えにしてきた父の教え、600年の歴史を有する能楽の〝師資相承〟について語っていただいた。

自分自身や後進を見ていて思うのは、人の成長は螺旋状になっているということです。

近くで輝く時もあれば、遠くに行って戻って来るのに時間がかかる時もある。そして遠くに行っている期間、我慢の時が長ければ長いほど、人はより一層成長して戻ってくるし、最終的な到達点も高くなるというのが私の実感です

大倉源次郎
能楽小鼓方大倉流十六世宗家

――源次郎さんは、能楽小鼓方大倉流の道を60年以上にわたり歩んでこられました。まず大倉流について教えていただけますか。

〈大倉〉 
大倉流は室町時代中期、能楽の流派の一つである金春流から分家した、シテ方大藏流の囃子大鼓として活動した大蔵(倉)九郎を初代とする囃子方の流儀です。

能楽を大成した観阿弥・世阿弥の時代から100年ほど経っていましたが、まだまだ能楽の役割分担が定まっておらず、様々な役柄に取り組んでいく中で、大鼓を専門とするようになったようです。さらに孫の世代で大鼓、小鼓に分かれ、三代目の三世大藏小仁助虎宣が小鼓を専業として現在に至ります。

私たちは古風で基本的な演奏を大切にしてきました。芸風で言うと、〝墨絵の松〟という教えが代々伝わっております。

舞台上の鏡板の松よりも目立たないように舞台に上がり、舞台で舞うシテ方の魅力を最大限引き立たせる演奏を心掛けなさい、ということです。

――黒子のように、舞台を引き立たせる。その至芸が認められ、源次郎さんは、2017年に60歳の若さで重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。奇しくもお父様である十五世宗家・大倉長十郎さんが亡くなった年齢での認定だと伺っています。

〈大倉〉 
長生きしていれば、父も認定されていたかもしれませんが、まさか自分がその年でいただくとは思いもしませんでした。父と比べて戦後の生ぬるい時代を生きてきましたからね……。

実は……(続きは本誌にて)

~本記事の内容~
▼能楽に伝わる精神を現代に甦らせ、伝承する
▼絶えず感性を磨き、体で覚えていく
▼父が遺してくれた「感謝する心」
▼人間の成長は螺旋状になっている
▼根源にある精神に立ち返る
 
本記事では全4ページにわたって、能楽の道一筋に歩んでこられた源次郎氏の体験談をお話しいただきました。
先代であるお父様との稽古や20代での宗家継承など、幾多の困難と対峙しながらも能楽の精神を次世代へ継承するために、精進する源次郎さんの生き方が教えるものは何か――。

プロフィール

大倉源次郎

おおくら・げんじろう――昭和32年大阪府生まれ。大倉流十五世宗家大倉長十郎の次男として父に師事し、40年独鼓「鮎之段」で初舞台。60年能楽小鼓方大倉流十六世宗家を継承(同時に大鼓方大倉流宗家預かり)。公益法人能楽協会副理事長。古典、新作能、復曲能など数多くの舞台に参加。第9回大阪市咲くやこの花賞受賞、第37回観世寿夫記念法政大学能楽賞など受賞。平成29年重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。FacebookやYouTube「源次郎チャンネル」などを通じ、積極的に情報発信を行う。著書に『大倉源次郎の能楽談議』(淡交社)、共著に『能の起源と秦氏』(ヒカルランド)がある。


編集後記

「ポン、ポン、ポン」。柔らかな小鼓の音色を目の前で披露いただき、その奥深さに満たされる中、取材は約2時間に及びました。能楽に伝わる精神に立ち返り、その原点を後世に伝えようと様々な活動に注力される源次郎氏の姿から、「師資相承」とは何たるかを感じずにはいられませんでした。

2024年6月1日 発行/ 7 月号

特集 師資相承

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