科学技術こそ立国の礎なり 吉野 彰(旭化成名誉フェロー/ノーベル化学賞受賞者) 栗原権右衛門(日本電子会長)

日本の経済成長を牽引してきた科学技術の停滞は著しく、この現状を悲観する識者も少なくない。しかし本当にそうだろうか。令和元年にリチウムイオン電池の研究と普及でノーベル化学賞に輝いた旭化成名誉フェロー・吉野彰氏と、電子顕微鏡分野で世界シェア首位を誇る日本電子の会長・栗原権右衛門氏。両氏の熱論からは、立国の礎たる科学技術の活路、目指すべき立志のありようが見えてくる。

日本の科学技術産業がこれから栄えていくための一つの道は、まずいま川上の産業で健全な力を蓄えながら、次にプラスアルファ、新しい産業の芽を探していくことでしょう

吉野 彰
旭化成名誉フェロー/ノーベル化学賞受賞者

〈吉野〉
私は日本の産業構造が変わったと申しましたけど、すべての産業が衰退したかというと、そうではないんですね。

川下の産業、例えばスマホは日本でほとんどつくっていません。でもその元になる材料や原料、それこそ半導体のような基幹部品といった川上の産業では、いまでも日本が優位を握っています。事実、スマホの中に入っている部品の相当数が日本製です。そういう伝統的な強みがあるわけです。

Googleはスマホの基幹システムとしてAndroid(アンドロイド)を開発し、他社に無償提供することで、世界の約75%の端末に搭載され、手中に収めました。そのシステムの上に他社が様々なサービスを展開し、プラットフォームビジネスという新たな産業もできた。

Googleは最近スマホ端末もつくっていますけど、あれだけ強い企業になったのは川上にそういう強い技術を持ち、うまく他社に提供して、川下と繋ぎ合わせたからですよ。

〈栗原〉
世界中のパソコンの心臓部に入っているIntelインテルも同じ戦略ですよね。日本人はどうもこれが得意ではないんですが。

〈吉野〉
川上を押さえて結果的に大きな見返りを得る、という発想が大事です。こういうと皆さん「真似されないの?」と心配されますけど、そうそう真似されません。

まずそれぞれの会社のDNAを尊重すること。互いに競合分野を持っている場合もあるでしょう。そこで〝喧嘩〟はしてもいいんです。それでも、手を携えられるところでは〝シェイクハンド〟することです

栗原権右衛門
日本電子会長

〈栗原〉
難しいんですよね(笑)。

〈吉野〉
そう。日本の高度な製品は概してアナログなノウハウの塊(かたまり)ですから。それと、こういう技術は開発に時間がかかるので、後の人はやりたくないんです。

〈栗原〉
おっしゃる通りで、当社の製品は、設計図を見られても再現できません。部品の組み合わせ技術ではなく「擦り合わせ」技術が高いからです。

つまり部品を独自に設計して互いに調整しながら組み合わせる。それはアナログなノウハウの集積で、他社には真似することが難しいんですね。

〈吉野〉
だから日本の科学技術産業がこれから栄えていくための一つの道は、まずいま川上の産業で健全な力を蓄えながら、次にプラスアルファ、新しい産業の芽を探していくことでしょうね。

〈栗原〉
私が先ほど申し上げた標語「YOKOGUSHI」を掲げたのは、社長就任時、社内の各事業部門が硬直化していたからです。

電子顕微鏡部門なら電子顕微鏡だけ、各技術者が自分の事業部門の開発にばかり目を向けていて、それじゃだめだと。例えば電子顕微鏡の技術者が1~2割の力でもNMRの開発に注いでみたら、それぞれの強みが活かされるんじゃないかと考えました。そういう社内風土から変えて、外部の大学や研究機関との連携を深めていったんです。

〈吉野〉
大切なことですね。

プロフィール

吉野 彰

よしの・あきら――昭和23年大阪府生まれ。47年京都大学工学研究科石油化学専攻修了後、旭化成工業(現・旭化成)に入社。60年リチウムイオン電池の基本概念を確立する。17年大阪大学大学院工学研究科にて博士号(工学)取得。29年から現職。令和元年リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞受賞。

栗原権右衛門

くりはら・ごんえもん――昭和23年茨城県生まれ。46年明治大学商学部卒業後、日本電子入社。取締役メディカル営業本部長、常務取締役、専務取締役を経て平成19年副社長、20年社長。令和元年6月より会長兼最高経営責任者、4年6月より会長兼取締役会議長。


編集後記

「30年後、日本からノーベル賞受賞者は現れなくなるかもしれません」。本誌を応援くださった筑波大学名誉教授・村上和雄先生は晩年こう懸念を吐露されました。
しかし片やノーベル化学賞、片や電子顕微鏡のトップシェア、世界に伍して活躍する吉野彰・栗原権右衛門両名の言葉に耳を傾けるうち、日本人には日本人の強み、立志立国の道筋があるのだと、暗闇に光明が差してくるようでした。

2024年1月1日 発行/ 2 月号

特集 立志立国

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