2 月号ピックアップ記事 /対談
【明治人の気概に学ぶ】福澤諭吉と北里柴三郎が目指したもの 山崎光夫(作家) 白駒妃登美(ことほぎ代表)
我が国の文明開化に大きな影響を与え、その啓蒙思想が日本人の精神形成の礎となった福澤諭吉。若くしてドイツに渡り破傷風菌の純粋培養や血清療法の確立など細菌学の分野で多大な功績を上げた北里柴三郎。高い志を立てて困難に挑戦し、日本を近代化へと導いた明治人の気概を象徴するのが、まさにこの二人ではなかろうか。作家・山崎光夫氏と、〝博多の歴女〟白駒妃登美氏の対談を通して見えてくる二人の偉人の志と生き方に学ぶ。
僕が好きな柴三郎の言葉を挙げるとしたら「終始一貫」です。
壁にぶつかっても気概を持って初志を貫くところは、柴三郎に限らず明治の日本人の特徴でしょうね
山崎光夫
作家
〈白駒〉
よいことをしながら、決してひけらかしたり、相手に恩を着せたりしない。これも諭吉と柴三郎の共通点ですよね。
〈山崎〉
はい。柴三郎が設立した伝染病研究所からは日本の医学界に貢献する人が何人も輩出されますが、その代表例が赤痢菌の発見者である志賀潔です。
赤痢菌の研究はそもそも柴三郎が手掛けたものでした。ところが、発見の手柄を教え子の志賀に譲るわけです。「北里柴三郎、志賀潔、赤痢菌発見」と連名で発表することも当然できたはずなのに、それをしなかった。これは大変なことだと思います。
そこには自分さえよければいいという発想はなく、日本の未来に思いを馳せながら大きな心で人を育てていったのが柴三郎という人物でした。
〈白駒〉
志賀潔の回顧録を読むと、赤痢菌を発見した時、自分はまだ大学を出たばかりの若僧で、北里先生の助手のような立場だった。その共同研究が思いがけず予想を超えた成果を得た時に、北里先生は前書きのみを書かれ、その論文を自分の名前で発表させてくれたと書かれています。
それだけでも感動的なのですが、それに続く「先生は恬然としておられた」という一文に、私はとても心打たれました。恩に着せるような素振りが少しもなかったのでしょう。
日本が独立を守り奇跡の歴史を紡ぐことができた原動力は、先人たちの「公に生きる精神」ではなかったかと思います
白駒妃登美
ことほぎ代表
〈白駒〉
私が福澤諭吉に魅せられたきっかけは、中学3年生の時に『福翁自伝』を読み、衝撃と感動を覚えたことです。
内容ももちろん面白いのですが、それ以上に魅了されたのは、その語り口でした。まるで諭吉がすぐ傍で語ってくれているような読みやすい文章で、私はそれを読みながら、雲の上の存在だった諭吉がすぐ近くにまで降りてきてくれたように感じ、親近感を抱いたんですね。
当時、中高一貫の女子校に通っていた私が「福澤諭吉が創った慶應で学びたい」と思い、急に進路を変更し受験勉強を始めたのも、そこからでした。
〈山崎〉
確かに難しい内容を易しく書くというのは難しいですね。具体例で言うと、貝原益軒の『養生訓』です。専門的な医学のことも書かれてはいるものの、易しくて分かりやすいというので、幕末に日本に来た宣教師たちが布教の手本にしているんです。
〈白駒〉
諭吉の「分かりやすさ」へのこだわりは、こんなエピソードにも表れています。自分が書いた文章をお手伝いさんに読んでもらい、意味が分かるかどうかを確認したというんです。どんな名文でも相手に伝わらなかったら意味がないですものね。
プロフィール
山崎光夫
やまざき・みつお――昭和22年福井県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、放送作家、雑誌記者を経て小説家に。主に医学薬学関係の小説、ノンフィクション、エッセイを発表している。『安楽処方箋』(講談社)で小説現代新人賞受賞。『藪の中の家─芥川自死の謎を解く』(文藝春秋)で新田次郎文学賞受賞。他に『ドンネルの男 北里柴三郎』(東洋経済新報社)『鷗外 青春診察録控』(中央公論新社)など多数。日本文芸家協会会員、日本医史学会会員、福井ふるさと大使、森鷗外記念会評議員、新田次郎記念会評議員なども務める。
白駒妃登美
しらこま・ひとみ――昭和39年埼玉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本航空に入社し、平成4年には宮澤喜一首相訪欧特別便に乗務。24年に㈱ことほぎを設立、講演活動や著作活動を通じ、日本の歴史や文化の素晴らしさを国内外に向けて広く発信している。天皇陛下(現在の上皇陛下)御即位三十年奉祝委員会・奉祝委員、天皇陛下御即位奉祝委員会・奉祝委員を歴任。現在、教育立国推進協議会のメンバーとして活動中。著書に『子どもの心に光を灯す日本の偉人の物語』『親子で読み継ぐ万葉集』(共に致知出版社)など多数。
編集後記
日本を近代化へと導いた原動力は何と言っても明治人たちの気概でしょう。その代表的な人物が教育者で啓蒙家でもあった福澤諭吉と、細菌学の功労者・北里柴三郎です。二人を偉人たらしめたのは強靭な精神力や先見性ばかりではありません。受けた恩を返そうという報恩の思いも人一倍でした。二人の実像を作家の山崎光夫さんと〝博多の歴女〟白駒妃登美さんに語り合っていただきました。
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