「武士の娘」杉本鉞子の一生 小坂恵理(翻訳家)

いまを遡ること約100年前。無名の日本人女性が英語で著した自伝的小説が、世界7か国で翻訳される大ベストセラーとなった。旧長岡藩家老の娘・杉本鉞子の『武士の娘』である。この名著の裏には、日米の架け橋となった彼女の波乱と愛に満ちた生涯があった。2016年、同著の全編新訳を担った翻訳家の小坂恵理さんに、そこで見えてきた生き方の知恵をお話しいただいた。

武士の娘は眠っているときでさえ、心身の緊張を崩してはいけません。(略)『自制の精神』を体現することが求められたのでございます

杉本鉞子
すぎもと・えつこ
1873-1950

写真提供=長岡市立科学博物館(郷土史料館)

小坂恵理
翻訳家

 戊辰戦争が終結して間もない1873(明治6)年、鉞子は長岡藩(現・新潟県長岡市)の筆頭家老、稲垣平助の六女として生まれました。敗れた長岡藩は没落の一途を辿り、両親と祖母、長兄と姉たち、乳母のイシを含む一家は城下町に身を寄せていました。

『武士の娘』でまず印象的なのは、稲垣家の厳格な教育です。父平助は明治維新後、養蚕や旅籠事業に手を出しては失敗。生活は決して楽ではありませんでしたが、信頼する菩提寺の住職を呼び、6歳の鉞子の教育に当たらせます。

 その住職の導きで、鉞子は仏教と共に儒教の四書(『大学』『中庸』『論語』『孟子』)を学びます。住職の指導は厳しく、2時間にも及ぶ〝けいこ〟の間、鉞子は畳の上に正座し、手と口以外を動かすことは一切許されなかったそうです。

「ただ一度だけ、けいこの最中に体を動かしたことがありました。(略)すると、先生は顔に驚きの表情をかすかに浮かべ、静かに本を閉じ、厳しくも優しくおっしゃいました。『お嬢さま、今日はお勉強の準備が整っていませんね。お部屋に戻り、よくお考えになったほうがよろしい』」

幼い鉞子は小さな胸が潰れるような思いをしながら、部屋を後にするしかありませんでした。
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【幼いながらに、厳格な武家の教育を受けて成長していく杉本鉞子。そうして培われた揺るがぬ人間の〝芯〟が、人生の山坂を越える中で花ひらいていきます。小坂さんに繙いていただいたその生涯をご堪能ください】

プロフィール

杉本鉞子

すぎもと・えつこ――明治6年長岡藩(現在の新潟県長岡市)にて、家老・稲垣平助の娘として生まれる。少女期に厳格な武家の教育を受け、31年25歳で渡米、結婚。夫の死により41年帰国するが、大正5年再渡米。14年『A Daughter of the Samurai(武士の娘)』を出版し、ベストセラーとなる。コロンビア大学で初めて日本人女性として講師を務めた後、昭和25年東京にて逝去。

小坂恵理

こさか・えり――昭和29年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部英米文学科を卒業後、10年にわたりTVの二か国語ニュースの日英翻訳を担当。その後出版翻訳者となり、約15年で手掛けた作品は『新訳 武士の娘』(PHP研究所)の他多数に上る。


編集後記

激動の明治時代、武家で養った揺るがぬ品格を携えて海を渡り、大正に入って『武士の娘』を遺した杉本鉞子。同書を全編新訳した小坂恵理さんのお話に、大変化の時代を生きるために大切なことは何かを気づかされます。

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