努力の人・和井内貞行の生涯に学ぶ 田中忠美(鹿角市先人顕彰館 館長)

青森・秋田の両県にまたがり、四季の美しい自然が人を魅了する国立公園 十和田湖。しかしここはかつて、魚は棲めないと信じられた未開の湖であった。その根強い迷信と闘い、22年をかけて養魚業を大成させた人物、それが和井内貞行である。地元秋田県鹿角市で顕彰を担う田中忠美氏に、努力に生きた先人の足跡を伺った。

「このことばかりは、男子として、いったん志したことですから」

和井内貞行
(安政5年~大正11年)
 写真提供:鹿角市先人顕彰館

 東北地方を稀に見る冷害が襲った1905(明治38)年の9月。十和田湖の畔に、自らつくった魚見梯子に上って、来る日も来る日も、取り憑かれたように水面を眺める人がありました。

 湖を見張り始めて何年が過ぎたでしょう。ある風のない日の朝、湖の遥か沖にキラキラと輝く小波が立った瞬間、彼は胸の高鳴りを抑えられなくなりました。浅瀬に押し寄せてくる小波をじっと見つめます。それは何百、何千とも分からない魚の群れでした。

「カバチェッポ(ヒメマス)だ。カバチェッポが帰ってきた!」

 彼は一目散に我が家へと駆け、悲願の成就を報告し、長年無理をさせてきた妻と、我を忘れて喜び合いました。彼が養魚の志を抱いてから、既に22年もの月日が流れていました。

 この人物こそ、私が館長を務める鹿角市先人顕彰館(秋田県)でスペースを割いて偉業を伝えている和井内貞行です。

田中忠美
鹿角市先人顕彰館 館長

 1988年、その生家跡に建てられた当館では、同じ鹿角の偉人である歴史学者・内藤湖南をはじめ市に縁ある様々な偉人を取り上げています。1993年、当館は和井内と内藤の伝記を制作し、市内の全小中学校に配布。以来毎年、その感想文コンクールを主催してきました。

「和井内貞行の伝記を読んで、諦めない心の大切さを学びました」

 子供たちは伝記を実によく読み込み、このように素晴らしい感想を寄せてくれます。当館に着任する前、37年にわたって近隣の小中学校で教壇に立ち、鹿角の偉人・先人の事績を紹介してきた私としては嬉しい限りです。

プロフィール

田中忠美

たなか・ただよし――昭和31年秋田県生まれ。54年大学卒業後、主に鹿角市内の小中学校で37年にわたって教諭、教頭、校長などを務め、その中で積極的に鹿角市縁の偉人・先人の紹介にも取り組む。平成29年退職、令和2年より現職。

和井内貞行

わいない・さだゆき――安政5年盛岡藩鹿角郡にて父・治郎右衛門、母・ヱツの間に生まれる(幼名吉弥)。明治14年、小坂鉱山寮の吏員となり、十和田鉱山の鉱夫監督を務める。17年養魚を決心し、十和田湖に稚魚を放流する。幾多の失敗を重ね、38年養殖に成功、40年緑綬褒章を贈られる。大正11年65歳で死去、同年正七位に叙せられる。


編集後記

 和井内貞行の一生は果てることのない努力の歩みでした。十和田湖に魚を棲まわせるに留まらず、一帯を襲った凶作の救済、国立公園(観光地)化……人として生まれながら、没後は神様として湖畔に祀られています。
 東洋思想家の安岡正篤先生は、著書の中で「日本いたるところに名君やら賢宰やら名僧・碩学・篤行の士、いろいろある。これらの人が終戦後まったく顧(かえり)みられないでいる」と書いています。和井内はまさにその一人ではないでしょうか。
 和井内の志と一家の協力が、一天地を開いた。日本にこんな素晴らしい人がいたのかと、敬虔な気持ちにさせられます。

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