10 月号ピックアップ記事 /対談
医は仁術なり——小児心臓外科の道に学んだ仕事の流儀 龍野勝彦(タツノ内科・循環器科院長) 高橋幸宏(榊原記念病院副院長)
医は仁術なり、とは古来日本に伝承されてきた格言である。身体の病気を治すことに留まらず、人を思いやり、仁愛の徳を施すことが医の道だという。この格言を体現するようにして、共にこれまで幾千人もの小児心臓手術を手掛け、尊い命を救ってきた龍野勝彦氏と高橋幸宏氏。お二人の名医はどのような心構えで日々仕事に向き合っておられるのか。恩師の教えや忘れ得ぬ患者さんとのエピソード、長年にわたる真剣勝負の中で掴んだ「仕事の流儀」に迫った。
ヘブンギフトというかね、まさしく天からのご褒美でした。純一無雑な思いで一所懸命仕事に打ち込んでいると、そういう一種の奇跡は起こるのでしょうね
龍野勝彦
タツノ内科・循環器科院長
ある時、私はこう思ったんです。輸血をせずに体重5キロ以下の乳児の手術ができないかと。なぜそう思ったかというと、輸血後に白血球が自己免疫疾患を起こし、一種の急性白血病のような具合になって亡くなる成人が多かったんです。小児でも稀に起こることがありました。
もう一つは、輸血をすると白血球だけじゃなくて赤血球にも抗体ができることがある。特に女の子の場合、20年くらい経ってから妊娠した時に、胎児の赤血球とお母さんの抗体とが、抗原抗体反応を起こして流産してしまうという論文が出ました。
それならば、5キロ以下の乳児でも無輸血で手術できる方法はないかとずっと考えていたんです。そんな中、平成5年の秋にアメリカの学会に参加しまして、帰りの飛行機に乗った時のこと。たまたま隣に座っていたのが、何と日本のある医療器械メーカーの社長でした。
私はその方に聞きました。「5キロ以下の乳児にも輸血なしで開心術ができるようにしたいと考えています。それを可能にするごく小型の人工心肺装置をつくる気はありますか」と。そうしたら、その方が即答したんですよ。「やってみたい」って。
帰国後すぐに下手くそながらも手書きの絵を描いて、「こういうイメージです」と渡しました。開発の途中、イタリアの会社との熾烈な争いがありましたが、その方の会社が一所懸命つくってくださって、何とか完成に漕ぎ着けたんです。その人工心肺装置を使って高橋先生に執刀してもらったんですよね。
榊原記念病院の小児心臓外科が一流である、世界的レベルであることを証明した瞬間でした。
必須の無駄を若い時にどれだけ愉しく過ごすかというのはやはり大事だと思います
高橋幸宏
榊原記念病院副院長
今回のテーマ「天に星 地に花 人に愛」という言葉はなかなか解釈が難しいですね(笑)。
ただ僕なりに感じることは、今年で66歳になるんですけど、世代交代の時期に入っている中で、何とか次の世代の人たちを一流にしたいんです。それが強いて言えば、僕にとっての愛なのかなと。
彼らに言うことは一つだけで、「必須の無駄」を捨てないようにやらないといけない、ということです。いまの若者は非常に要領がいいものだから、無駄なことを省こう、修業に効率を求めようとするんですね。
でも、患者さんや仲間たちと会話を楽しむとか、一般書を読むとか、他領域の方々と談笑するとか、一見無駄と思うことの中にも外科医として必須なことはある。この必須の無駄を若い時にどれだけ愉しく過ごすかというのはやはり大事だと思います。
つい最近、病院の図書室の一角に「おせっかいな棚」という本棚をつくりました。榊原での小児心臓外科の歴史資料をすべて並べまして、順に読めばその苦労した過程も含めて榊原独自の知識が網羅できるようになっています。これから一流になろうという外科医は、まず古きことを反面教師的に習い、新しい知識を得、そして新しい切り口を自分で探すことがとても大事だと思います。
ところが、最近の若手は本にしても文献にしても、自分の専門分野以外の乱読は滅多にしません。病院の図書室は閑古鳥が鳴いている状況です。
古本屋で本を探すように図書室を歩いたり、一人で考え事をしたりするだけでも、何かしら新しい切り口を見つけることがありますから、図書室は若手にとって非常に大事なスペースですよね。これも必須の無駄だと思います。たとえ病院関係者の1割しか利用していなくても、それは無駄じゃないんです。
プロフィール
龍野勝彦
たつの・かつひこ――昭和17年東京生まれ。42年千葉大学医学部卒業後、東京女子医科大学日本心臓血圧研究所外科医員。榊原仟氏の門下生となる。52年8月、榊原氏に呼ばれて財団法人日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院の開設に参画し、同年11月の開設と同時に外科部長となる。平成2年副院長。以後、千葉県立鶴舞病院副院長、千葉県循環器病センターセンター長、同名誉センター長、榊原記念病院特命顧問を歴任。20年タツノ内科・循環器科院長就任。医学博士。著書に『君、それはおもしろい。はやくやりたまえ』(日経BP社)。
高橋幸宏
たかはし・ゆきひろ――昭和31年宮崎県生まれ。56年熊本大学医学部卒業後、心臓外科の世界的権威と呼ばれた榊原仟氏が設立した榊原記念病院への入職を希望するも、新米はいらないと断られ、熊本の赤十字病院で2年間初期研修。58年榊原記念病院に研修医として採用。年間約300例もの心臓血管手術を行い、35年間で7000人以上の子供たちの命を救ってきた。手術成功率は実に98.7%を誇る。平成15年心臓血管外科主任部長、18年副院長就任。医学博士。著書に『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)。
編集後記
日本で初めて心臓手術を行った外科医にして、「心臓外科の世界的権威」と称される故・榊原仟氏。
タツノ内科・循環器科 院長の龍野勝彦さんと榊原記念病院 副院長の高橋幸宏さんは、
その榊原イズムを継承する小児心臓外科の名医です。
20年近く一緒に仕事をしてきた先輩・後輩の間柄ですが、このように面と向かって語り合うのは初めてのこと。
お二人が医師として大切にしている心得や信条はあらゆる職業に通底しており、学びに満ち溢れています。
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