10 月号ピックアップ記事 /対談
フランクル『夜と霧』が教えてくれた人間の光と闇 五木寛之(作家) 永田勝太郎(国際全人医療研究所代表理事)
第二次大戦時、ナチスの強制収容所から奇跡の生還を果たしたフランクル。極限の収容所体験を綴った著書『夜と霧』は、いまなお世界中の人々に読まれ続けている。同書に大きな衝撃を受け、著書や講演通じて幾度となく言及してきた五木寛之氏と、フランクルに師事し、その教えを自身の医療活動に生かしてきた永田勝太郎氏に、フランクルと『夜と霧』が示唆するものを踏まえて、困難な人生を生き抜く上で大事なヒントについて語り合っていただいた。
僕が大事だと思うのは、日常の小さなことに喜びを見出して生きること。
日常の些事、小さな出来事が、極限状態の中で人の生命を支えるということがあるような気がするんです
五木寛之
作家
強制収容所の記録はいくつもありますが、その中で僕が特に心を惹かれるのは、例えば水たまりに冬の木の枯れ枝が映っているのを強制労働の最中に見て、「レンブラントの絵みたいだな」と感動する。また、収容所で皆が枯れ木のような木で設えた二段ベッドに疲れ果てて横になっていると、どこからともなくアコーディオンの音が聞こえてくる。それを聞いて這うようにして窓際に行って、「ああ、この音楽は昔ウィーンで聞いたことがある。あの頃はこんな歌が流行っていたんだ」と心を震わせる。
フランクルさんは、そういう些細なことに感動する人が生き延びたと書いていますね。
いま私たちが生きている時代は、未曽有といってもいいくらいに実に大変な時代です。こういう時代に何とか生きながらえていく上で、強い信念とか、深い信仰とか、強健な肉体というのは確かに大事です。しかしそれだけでなくて、むしろその反対の、繊細な人間の生き方の中に強くレジストする力があるんじゃないかと僕は思うんですよ。
私はフランクル先生からたくさんのことを学んできましたが、「人生には必ず意味がある」「人生はあなたに絶望していない」というのが最も重要なメッセージだと思っています
永田勝太郎
国際全人医療研究所代表理事
『夜と霧』に書かれていますが、フランクル先生が収容所の肉体労働に疲れ果ててちょっと休んでいたら、ドイツ軍の将校に殴られて眼鏡がパーンと飛んで、地面に落ちて割れてしまった。彼はその時、「俺がこの本を出す時には、この割れた眼鏡を表紙にしよう」と考えたというんですよ。
フランクル先生という人はそのくらいしたたかであると同時に、そうした辛いことを淡々と、ある意味ユーモラスに書き留めている。これはもう、彼の人間性の成せる最高の業じゃないだろうかと私は思うんです。
実際に『夜と霧』の初版本には、鉄条網の内側に割れた眼鏡が転がっている絵が掲げてありました。先生のそういうしたたかさ、自分でこうと決めたことは必ずやり遂げる意志の力っていうのはすごいなとつくづく思いますね。
我われ日本人は、そういう点でちょっと弱いところがあると思うんです。状況に流されやすいといいますか。このコロナ禍でも、自分を見失って流されてしまったり、悶々としている人がたくさんいるのが気がかりです。
プロフィール
五木寛之
いつき・ひろゆき――昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門・筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。また英文版『TARIKI』は平成13年度『BOOK OF THE YEAR』(スピリチュアル部門)に選ばれた。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。
永田勝太郎
ながた・かつたろう――昭和23年千葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部中退後、福島県立医科大学卒業。千葉大学、北九州市立小倉病院、東邦大学、浜松医科大学医学部附属病院心療内科科長、日本薬科大学統合医療教育センター所長を歴任。平成18年ヴィクトール・フランクル大賞受賞。著書に『人生はあなたに絶望していない』(致知出版社)など多数。
編集後記
コロナ禍は日に日に深刻さを増しています。このような生きづらい世の中をどう生き抜くか。そのことを考える上で、よすがとなる1冊の本――それがヴィクトール・フランクルの『夜と霧』です。
「人間誰しも心の中にアウシュビッツ(苦悩)を持っている。しかしあなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない」
をはじめ、フランクル博士が極限の体験の中で掴んだ真理は、時空を超えて私たちに一筋の光明を見出してくれます。
フランクル博士に影響を受けた作家の五木寛之さんと、フランクル博士の謦咳に接した医師の永田勝太郎さんの貴重な初対談です。
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