5 月号ピックアップ記事 /インタビュー
名僧・山本玄峰の生き方が教えるもの 後藤榮山(龍澤寺専門道場師家)
静岡県三島市の龍澤寺にかつて山本玄峰という名僧がいた。若い頃から眼疾など様々な辛酸を嘗め、努力して禅の師家になった人物で、荒れ果てた同寺を再建した他、その教えは昭和天皇の「終戦の詔勅」にも影響を与えたとされる。96年の生涯を一行三昧に生きた山本玄峰の生き方を、その法統を嗣ぐ後藤榮山師に語っていただく。
玄峰老師は人に対しては春風のように温かい心を持って接するお方でしたが、ご自身に対しては秋霜の如く厳しく律しておいででした
後藤榮山
龍澤寺専門道場師家
老師は目がご不自由でしたから、提唱(講義)の時などは虫眼鏡を片手に一文字一文字、噛みしめるように経文を読まれていました。そのような読み方をされるからか、とても記憶力がよいことに驚かされたものです。
十代前半から肉体労働に従事しあまり学校に通うことができなかった老師は、文字を覚えるのもご苦労されたようでした。禅の公案に必要な『禅林句集(ぜんりんくしゅう)』という書物を虫眼鏡で一文字一文字読みながら記憶し、夜になっても線香の灯りで読み続けられるので、この本が焼けて穴だらけになったという話も伺っています。
プロフィール
山本玄峰
やまもと・げんぽう――江戸時代末期、和歌山県に生まれる。若い頃に眼を患い四国遍路の途中、高知雪蹊寺の山本太玄に出会い得度。滋賀永源寺、神戸祥福寺などを行脚。雪蹊寺住職となり、京都円福寺の見性宗般に師事して嗣法。大正4(1915)年龍澤寺に入山。海外での禅の布教にも尽力した。昭和36(1961)年遷化。著書に『無門関提唱』。
後藤榮山
ごとう・えいざん――昭和5年東京生まれ。20年禅寺にて出家。30年早稲田大学第二文学部哲学科卒業後、龍澤寺専門道場に入門。中川宋淵老師、鈴木宗忠老師に就いて参禅。海禅寺住職などを経て平成20年龍澤寺住職となる。フランスなど海外でも禅の普及に努める他、海禅寺徹心会、東京大学陵禅会で禅指導を続ける。
編集後記
視覚障碍を抱きつつも、96年の求道の人生を完全燃焼した禅僧・山本玄峰。その薫陶を受けた龍澤寺専門道場師家・後藤榮山さんの語りを通して玄峰老師の姿がいまにいきいきと甦ります。
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