松下幸之助と稲盛和夫の生き方に学ぶ 上甲 晃(志ネットワーク「青年塾」代表) 大田嘉仁(日本航空元会長補佐専務執行役員)

昭和の経営の神様・松下幸之助。平成の経営の神様・稲盛和夫。それぞれ一代でパナソニック、京セラやKDDIを日本を代表するグローバル企業に育て上げた両氏の共通項は多い。松下電器に入社後、松下政経塾に携わった上甲 晃氏と、京セラで長年稲盛氏の秘書を務めた大田嘉仁氏に、新旧2人の偉大な経営者の誠を尽くし切った人生哲学、経営哲学を紐解いていただいた。

『後はおまえが引き継いでやれ』と松下幸之助から日本の未来を託されているような気がしてなりません

上甲 晃
志ネットワーク「青年塾」代表

 松下幸之助も常に本気の人でした。松下政経塾をつくった一年目、松下幸之助は86歳でしたけど塾に来た時は一晩泊まり込み、ものすごい迫力で塾生たちを指導していました。入塾式の日は、風邪をひいて出席できるかどうか分からない状況でした。それでも出席し、「今日は死んでもいいという覚悟で来た」と挨拶しています。
 こんなエピソードもあります。一期生には町の電気屋で実習をしてもらいました。松下電器にとっては当たり前の研修内容ですけど、塾生たちの中には大反対し、「政治家を目指しているのになぜ電気屋で研修する必要があるのか」と食ってかかる人もいたほどです。ある塾生は電気屋のご主人とトラブルになり、自分は悪くないのでもう電気屋には行かないと言い張りました。その時に松下幸之助はこう叱ったんです。
「君な、相手が5歳の子供でも、自分に95%の正当性があっても、5%の非があったら、土下座をして謝れるような人間でなかったら、天下は取れんぞ」と。
 その塾生はすぐに、電気屋に飛んで行ったそうです。私は直接その場には立ち会っていませんが、こうした激しいやり取りから、松下幸之助の本気度が窺えます。

稲盛さんは利他の心、大きな『愛』によって事業を成功へと導いてきた人です

大田嘉仁
日本航空元会長補佐専務執行役員

 ある年の入社式、稲盛さんから新入社員の人数を聞かれ、「350人ほどです」と答えると、「おまえはどう思うんだ?」と質問されました。「今年は優秀な人がたくさん入ったようなのでよかったと思います」、そう返答すると、「馬鹿かおまえは」と叱られました。
「経営者にとって、人を採用するのは責任がさらに重くなるということだ。俺は新入社員が入ってくるたびに、一生の面倒を見なければならないとプレッシャーで押し潰されそうになる。一人当たりの生涯賃金を2億円だと計算しても、350人が入ってきたら700億の投資になる。それをどう回収するかも経営者であれば考えなければならないだろう」と。
 多くの新入社員が入ってくることを単純に喜んでいる場合じゃないと猛省しました。稲盛さんは「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という京セラの経営理念を実現しようと、常に必死になって考えています。私も頭では分かっていましたが、単なる「耳学問」に過ぎなかったのですね。その差がいかに大きいかを痛いほど気づかされました。

[写真]上:昭和62年、松下政経塾第6期生と共に(前列中央が松下氏、左から二番目が上甲氏)
下:平成18年、秘書室の望年会での一枚(奥が大田氏)

プロフィール

上甲 晃

じょうこう・あきら――昭和16年大阪府生まれ。40年京都大学卒業と同時に、松下電器産業(現・パナソニック)入社。広報、電子レンジ販売などを担当し、56年松下政経塾に出向。理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任。平成8年松下電器産業を退職、志ネットワーク社を設立。翌年、青年塾を創設。著書に『志のみ持参』『松下幸之助に学んだ人生で大事なこと』など多数。最新刊に『人生の合い言葉』(いずれも致知出版社)がある。

大田嘉仁

おおた・よしひと――昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任(29年顧問、30年退任)。現職は、MTG取締役会長、学校法人立命館評議員、鴻池運輸取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)がある。


編集後記

『稲盛和夫 一日一言』の発刊を記念し、共に一流経営者と仰がれる松下幸之助氏と稲盛和夫氏の生き方について、松下政経塾塾頭を務めた上甲晃さんと、稲盛氏の特命秘書を務めた大田嘉仁さんに語り合っていただきました。お二人は初対面でしたが、松下、稲盛両氏の志と情熱が伝わってくる白熱した対談となりました。

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