一道を歩み続けて拓かれてきた世界 コシノジュンコ(デザイナー) 小林研一郎(指揮者)

共に半世紀以上、一道を歩み、80代の現在も世界的な活動を続けるデザイナーのコシノジュンコ氏、指揮者の小林研一郎氏。お二人に共通するのは様々な試練や出会いによって自身の人格と芸術を磨き、新たな心境を開拓してきたことである。長年親交を深めてきたお二人に、転機となった出来事を振り返りつつ、続けてきたからこそ見えてきた世界を語り合っていただいた。

続けるというのは、経験を重ねて成長していくことですから、繰り返しじゃないんですね

コシノジュンコ
デザイナー

〈小林〉 
コシノ先生とは大変懇意にさせていただいていて、きょうは南青山の先生のブティックで対談できるのを楽しみにしてきました。

〈コシノ〉 
私こそ光栄です。私は異業種の方々とお話しするのが大好きで、小林先生からいつもたくさんのことを学ばせていただいていますけれど、コバケンさんといえば何と言っても年末にサントリーホールで指揮を執られるベートーヴェン「交響曲第九番」ですよね。長時間、疲れも見せずに全身全霊でタクトを振り続けられる。そのお姿にいつも感動しながら、演奏に聴き入っているんです。

〈小林〉 
僕は先生がデザインされた、裏地が左右、黒と赤に分かれた燕尾服を着用させていただいています。

〈コシノ〉 
先生が大きく動くと裏地の赤がチラチラと見える。これ、とても綺麗ですよね。お客様も楽しみなんじゃないですか。私も一緒に出演している気持ちです。音楽を聴きに行くというけれど、見に行くという考えも大切だと思うんです。

私は先生の第九を聞かないと年を越すことができないんですけど、先生はこの演奏会をずっと続けてこられていますね。

〈小林〉 
サントリーホールは10月で開館40周年の節目を迎えるのですが、この月に僕の「500回記念コンサート」が開かれるんです。第九の演奏会をこれだけの回数続けてきた指揮者は、日本だけでなく世界中探してもおそらく僕だけでしょう。

〈コシノ〉 
大変な数ですね。

〈小林〉 
振り返ると、僕が音楽家になろうとした原点がまさに第九なのです。小学3年生の時、古いラジオから流れてきた第九を聴きながら感動し、畳の上に小さな水溜まりができるのではないかと思うくらい、涙が流れて仕方ありませんでした。

すぐに「お母さん、五線紙をつくってください」とお願いしましてね。2年くらい夢中でやっていると自分で曲が書けるようになりました。石川啄木の「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」の歌に曲を付けたのですが、いまでも歌えますよ。

〈コシノ〉 
小学3年生の時の感動の涙が、今日までずーっと続いているのですね。

これまでベートーヴェンの背中ばかりひたむきに追い続けてきましたが、まだまだ遥か遠い存在です

小林研一郎
指揮者

〈小林〉
おっしゃる通りです。それが1950年ですから、76年もの歳月が流れました。これまでベートーヴェンの背中ばかりひたむきに追い続けてきましたが、まだまだ遥か遠い存在です。年齢的にも86歳になって、普段の生活はすたすたと歩くことすら覚束なくなりました。

それに比べるとコシノ先生はとても若々しい。体がよく動き、お声もすごく綺麗ですしね。

〈コシノ〉 
そう思っていただけるとしたら、一つにはコーラスやゴルフを続けてきたからかもしれません。それに、最近特に熱中しているのが絵なんです。時間があれば、いつも絵ばかり描いている。

〈小林〉 
ああ、絵ですか。コシノ先生はもともと画家志望でいらっしゃって絵の才能も素晴らしいですからね。それにしても先生の好奇心の旺盛さにはいつも驚かされてばかりです。

〈コシノ〉 
何事も徹底的に追究したくなるんですね。もちろん、好きなもの、興味あるものだけなのですが、絵なんか1枚求められたら10枚描いちゃう。止まらなくなるんです(笑)。10月にはパリの日動画廊から声が掛かって個展を開く予定になっています。

〈小林〉
好きなことだったら、惜しまずにすべての力を注ぎきる。先生と僕は本当によく似ていますね。

本記事の内容 ~全10ページ~
◇86歳渾身の指揮
◇与うるは受くるより幸いなり
◇音楽への道に反対し続けた父
◇デザイナーになるのは運命だった
◇音楽の厳しさを教えられた人生の師
◇失敗はそれを繰り返さないための財産
◇チャンスは誰にも平等に与えられている
◇心に響き続ける「続けるのよ」のひと言
◇「炎のコバケン」から「祈りの音楽」へ
◇いくつになっても人生はこれから

プロフィール

コシノジュンコ

大阪府生まれ。1960年代より数々のグループサウンズの衣装で活躍。日本万国博覧会にて生活産業館、ペプシコーラ館、タカラ・ビューティリオン館の3パビリオンのユニフォームをデザイン。1978年から22年間、パリコレクションに参加。1985年北京での中国最大のショウをきっかけに、ニューヨーク(メトロポリタン美術館)、ベトナム、キューバ、ロシア、ポーランドなどでファッションの枠を超えた日本文化を発信するショウを開催してきた。DRUM TAOの舞台衣装・琉球海炎祭の花火のデザインも手掛ける。2017年文化功労者。2021年レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ、2025年日本国際博覧会協会シニアアドバイザー、同年文化勲章受章。

小林研一郎

こばやし・けんいちろう――1940年福島県生まれ。東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。74年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞を受賞。その後、多くの音楽祭に出演する他、ヨーロッパの一流オーケストラを多数指揮。2002年の「プラハの春音楽祭」では、東洋人初のオープニング「わが祖国」を指揮。ハンガリー国立フィル桂冠指揮者、名古屋フィル桂冠指揮者、日本フィル音楽監督、東京藝術大学教授、東京音楽大学客員教授などを歴任。ハンガリー政府よりハンガリー国大十字功労勲章(同国最高位)等を、国内では旭日中綬章、文化庁長官表彰、恩賜賞・日本芸術院賞等を受賞。2025年新宿区名誉区民。


編集後記

デザイナー・コシノジュンコさん、指揮者・小林研一郎さん。ジャンルは異なるものの、共に半世紀以上にわたり一つの道を貫き、世界的な活躍を続けていらっしゃいます。5月12日、東京・南青山にあるコシノさんのブティックで行われた対談取材では、切磋琢磨しながら無限の前進に懸けて歩を進めるお二人の情熱に、圧倒される思いがしました。年齢を超越したパワーの源泉を探ります。

2026年6月1日 発行/ 7 月号

特集 続けてこそ道

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