3 月号ピックアップ記事 /対談
かくしてがん治療の常識に挑んできた 藤井 努(富山大学附属病院 膵臓・胆道センター センター長) 安田一朗(富山大学附属病院 膵臓・胆道センター 副センター長)

見つかった時は既に手遅れ……。その診断の難しさと進行の速さで、大勢の命を奪ってきた膵臓がん。この疾病に極限まで抗う医師たちが北陸にいる。富山大学附属病院で国内初となる膵臓・胆道の専門チームを牽引する外科医の藤井努氏と内科医の安田一朗氏だ。通常10%に満たない五年生存率、その常識を覆す医療の現場と、両氏の根本にある矜持に迫る。

病院ごとに治せる病気の得意不得意があるように、100%完璧な病院なんてないですよ。
ですから、まずは内科と外科の風通しをよくしよう。これが現在のチーム医療の始まりだったと言えます
藤井 努
富山大学附属病院 膵臓・胆道センター センター長
〈安田〉
藤井先生、きょうはよろしくお願いします。これまで、二人揃って取材を受けることは何度かありましたけど、対談という形はなかったですよね?
〈藤井〉
ええ。居酒屋で話し込むことはよくありますけど(笑)。
〈安田〉
確かに、そういうのはちょくちょくですね(笑)。
私たちが勤務する富山大学附属病院に、膵臓がん治療を主に行う「膵臓・胆道センター」を立ち上げてもう7年になりますか。少し前まで、膵臓がんなんてあまり認知されていませんでしたよね。最近ようやく、マスコミで注目され始めましたけれども。
〈藤井〉
ええ。ご存じない方のために説明しますと、膵臓がんはがんの中で最も予後の悪い、つまり病院で見つかる頃にはもう手遅れで、手術で治る見込みもないと診断されることが多いがんです。
数あるがんのうち、膵臓がんで亡くなる人の数は、2023年の統計で男性は4位、女性は3位。多くの方がステージⅣで発見され、この場合の五年生存率は男女共に1.8%(2020年)と、他のがんに比べて著しく低いです。
〈安田〉
胃がんや大腸がん、肝臓がんあたりは、よく話題に上りますし、早期発見できれば治る病気になってきました。
しかし膵臓がんは早期発見がとても難しい。膵臓は胃の裏側にあるので、CTやMRIの検査ではなかなか見つかりません。しかも進行が速いときています。
〈藤井〉
膵臓は非常に特殊な臓器ですからね。周りに重要な血管や神経がたくさん集まっていて、がんがそこに浸潤しているケースが大半です。他の臓器のように患部を切り取っておしまい、とはいかない。手術をしても高い確率で転移や再発、合併症が起きます。

大事なのはまず、お互いにリスペクトし合うこと。これに尽きると思います
安田一朗
富山大学附属病院 膵臓・胆道センター 副センター長
〈藤井〉
それでも、安田先生に内科の責任者として富山に来ていただいてから、変化が出てきました。膵臓がんの検査に見える方の数は目に見えて増えていますね。
〈安田〉
私が富山大学に移った2018年、膵臓・胆道の内視鏡検査は年間で約200件でした。それが年々増えて、現在約1,500件です。
〈藤井〉
7倍以上ですね。
外科は、ここに来た2017年は年間20件くらいでした(笑)。いま膵切除だけで年間100~120、他にバイパス手術などを含めると200件以上はやっています。
様々な改善を重ねて、私たち膵臓・胆道センターでは切除可能な膵臓がん患者さんの五年生存率を約40%に引き上げることができました。また、他院で切除不能と診断されたがんについては、約30%を抗がん剤や放射線で小さく切除可能な状態にし、2022年に五年生存率が58.6%に達したことを論文で報告しました。
〈安田〉
こうした数字は北陸甲信越地域に限らず、全国トップなんじゃないでしょうか。いまはありがたいことに、北海道から沖縄まで、紹介状を携えた患者さんがわざわざお越しくださいます。
〈藤井〉
今回、編集部さんから事前にいただいた質問に「膵臓がん生存率の壁にどう挑んできたか」とありました。正直に言うと、そんな大層な名分があったわけではありません。この不便な病院にわざわざ来てくださった患者さんを何とかして差し上げたい、その一心でやってきただけなんです。
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~本記事の内容~
◇膵臓がん患者の〝最後の砦〟
◇僻地で日本初の専門科をつくる
◇内科医と外科医の異例タッグ誕生
◇外科の常識に違和感を抱いて
◇挫折から始まった内科医の道
◇チーム医療はこうして誕生した
◇スピードと精度で勝負する
◇6部門一体のコンバージョン手術
◇一例一例の積み重ねが現実を変えた

毎週、部門を横断して行われる画期的なカンファレンスの様子(藤井氏提供)
プロフィール
藤井 努
ふじい・つとむ――昭和43年愛知県生まれ。平成5年名古屋大学医学部卒業、小牧市民病院研修医。18年名古屋大学大学院修了、医学博士。米国マサチューセッツ総合病院(ハーバード大学)に留学後、21年名古屋大学第二外科(消化器外科学)助教。同講師、准教授を経て、29年より富山大学消化器・腫瘍・総合外科(第二外科)教授。30年9月より富山大学附属病院膵臓・胆道センター長。
安田一朗
やすだ・いちろう――昭和41年愛知県生まれ。平成2年岐阜大学医学部卒業。岐阜市民病院を経て、10年岐阜大学病院。14年医学博士、ドイツハンブルク大学エッペンドルフ病院内視鏡部留学。岐阜大学第一内科講師、同准教授を経て26年帝京大学消化器内科学教授。30年6月より富山大学消化器内科(第三内科)教授。同年9月より富山大学附属病院膵臓・胆道センター副センター長。
編集後記
1月初旬の対談当日、会場の富山大学附属病院は雪に包まれていました。進行の早さに反して検査に日数を要する膵臓がんに対し、同院で画期的スピードと高精度のチーム医療を確立した藤井努医師と安田一朗医師は、大変気さくにその軌跡を明かされました。交通の不便な中、わざわざ来られる患者様が求める〝当たり前〟を提供したい。この日累月積が常識を破ったことに気づかされました。

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