日本の先達に学ぶ人間学 ~いま日本人が忘れてはならないこと~ 新保祐司(文芸批評家) 小川榮太郎(文藝評論家)

日本人の道徳心やモラルの崩壊が叫ばれて久しい。それはそのまま国力衰退の要因ともなっている。しかし、約150年前、明治維新を成し遂げ西欧列強を凌駕するほどの影響力を及ぼす日本の姿があった。その背景に、明治人の修養精神があったことは明らかである。いまの日本の混迷の原因はどこにあるのか、そして私たちは先人たちに何を学ぶべきなのか。文芸批評家の新保祐司氏と、文藝評論家の小川榮太郎氏に語り合っていただいた。


「侠骨」を抜きにして武士道や学問を語ることはできないし、また侠骨を持った多くの人たちが時代を支え、列強に打ち勝ち、近代化をもたらしていったのが明治という時代の特徴でもありました

新保祐司
文芸批評家

〈新保〉
小川さんと初めてお会いしたのは、2017年の正論大賞、新風賞の授賞式の時でしたね。

〈小川〉 
ええ。新保さんは大賞、私は新風賞を受賞し、挨拶させていただいたのが最初です。

〈新保〉 
小川さんは長年政治面での言論活動を続けられているわけですが、一般に政治、経済、国際情勢について語るのは学者やエコノミストといった専門家たちです。

ところが小川さんは文藝評論家を名乗られていて文学や思想をベースとしてお持ちになっている。こういう言論人は案外少なくて「これは貴重な方が出てきたな」と嬉しく思ったものです。同じ会場で賞をいただけたというのも、何かの縁だったのでしょう。

〈小川〉 
私も新保さんの代表作『内村鑑三』は以前から繰り返し熟読しており、運命的なものを感じました。新保さんは明治期の「日本と西洋の邂逅」を現代日本の戻るべき原点と見て様々な問題提起をされている。そのように文学や思想をベースにした言論人はこの20年くらいでほぼ消滅してしまいましたね。

〈新保〉 
おそらくそうでしょう。

日本では戦後、様々な精神的な破壊が行われましたが、一番の病根は近代個人主義を無条件に取り入れたことだと思います。

なぜなら近代個人主義には「人が人になる仕組み」がないからです

小川榮太郎
文藝評論家

〈新保〉 
ところで、僕は小川さんに一度お聞きしたいと思っていたことがあって、肩書の文藝評論家の藝を正字にされているでしょう? そこには何かこだわりがあるのですか。

〈小川〉 
正字正仮名を正しく継ぎたいという思いは当然あります。加えて、とりわけ藝という字は、作家の丸谷才一が「芸は略字の中でも最も醜い」と述べているように、特に使いたくない略字の一つなんです。

〈新保〉 
やはりそうでしたか。藝を正字にすることで単なる文芸評論ではないと、そこに一つの異議を唱えられているわけですね。

実は僕も新聞などで文芸評論家と書かれることがありますが、そうじゃない、文芸批評家だと。文芸批評というのは一つのジャンルだと僕は思っているんです。

〈小川〉 
そこは大事なところですね。近代日本における文芸批評は小林秀雄、河上徹太郎から始まりました。

福田恆存、江藤淳、西尾幹二などがそれを継いできましたが、実は、彼らはそれほど小説の評論を書いているわけじゃない。文学の論評ではなく、広い意味で人間の研究、歴史の研究をするジャンルが、小林秀雄に始まる日本の文芸批評なのです。

……(続きは本誌をご覧ください)

~本記事の内容~
◇文学や思想をベースに言論活動
◇人が人になる仕組みを失った戦後の日本
◇近代個人主義の何が問題なのか
◇修養は実はとても新しいテーマ
◇歴史書と経書で人間を磨いた先人たち
◇「侠」に生きた日本の先人たち
◇「侠骨」のある日本人が明治という時代を築いた
◇国全体が人間道場だった日本
◇打ち砕かれてこそ見えてくる世界がある
◇人生の一瞬一瞬の中に価値がある

プロフィール

新保祐司

しんぽ・ゆうじ――昭和28年宮城県生まれ。東京大学文学部卒業。『内村鑑三』(文春学藝ライブラリー)で新世代の文芸批評家として注目される。文学だけでなく音楽など幅広い批評活動を展開。平成29年度第33回正論大賞を受賞。著書に『明治頌歌?言葉による交響曲』(展転社)『明治の光 内村鑑三』『「海道東征」とは何か』(共に藤原書店)など多数。

小川榮太郎

おがわ・えいたろう――昭和42年千葉県生まれ。大阪大学文学部卒業、埼玉大学大学院修士課程修了。専門は近代日本文学、19世紀ドイツ音楽。著書に『小林秀雄の後の二十一章』(幻冬舎)『「保守主義者」宣言』(育鵬社)『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎文庫)など多数。日本平和学研究所理事長。平成29年度正論新風賞受賞。令和6年季刊誌『湊合』を創刊。


編集後記

古来、日本人が大切に受け継いできた修養精神。しかし、いまや修養という言葉を口にする機会すらなくなった感は否めません。文芸批評家の新保祐司さんと文藝評論家の小川榮太郎さんは、共に日本の現状や行く末を憂えて言論活動を続けてこられました。明治の先達たちの生き方に触れることで、私たちが立ち戻るべき日本人としての〝原点〟が見えてきます。

2024年12月1日 発行/ 1 月号

特集 万事修養

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