日本の技術に未来はあるか 月尾嘉男(東京大学名誉教授) 坂村 健(YRPユビキタス・ネットワーキン グ研究所所長)

小惑星探査機「はやぶさ」や自動車のエンジン制御、プリンタやカーナビ、スマートフォンまで、様々な電子機器に組み込まれ、世界の産業を支える純国産OS(オペレーティングシステム)のTRON(トロン)。その開発者である坂村健氏(写真右)と、科学技術をはじめ様々な分野に深い知見を持つ月尾嘉男氏(写真左)に、日進月歩の技術革新のいま、日本が直面する危機的現状と共に、将来訪れる未来社会に向けて、国が採るべき方策、一人ひとりに求められる生き方について語り合っていただいた。

限られた情報を得て少数の人だけが儲け、評価されるものではなく、多くの人が共感して、多くの人が利益を得て、幸せになっていく情緒社会こそ、2050年に向かって日本が目指し、世界に発信していくべき未来の社会のあり方ではないかと考えています

月尾嘉男
東京大学名誉教授

〈坂村〉 
月尾さん、ご無沙汰しております。失礼ながら思っていた以上にお元気そうで、全然お変わりありませんね。むしろ年下の私のほうが弱ってきている(笑)。

〈月尾〉
坂村さんとは長年の付き合いですが、最初にどこで出会ったのか、よく覚えていないのです。

私が東京大学から名古屋大学に移ったのが1976年。坂村さんが慶應義塾大学大学院を卒業して東大に来たのが1979年で、すれ違いですから、おそらく大学ではなかったと思います。

〈坂村〉 
私も最初の出会いは忘れましたが、大学ではなくて、共通の知人を通じていろいろな場所でお会いしたのがご縁の始まりだったと思います。とにかく、月尾さんのことは大学の大先輩として早くから存じ上げていて、すごい人というか、普通の学者ではなかった。

印象的なエピソードはたくさんありますけれども、例えば、月尾さんが仕事の関係で東大と名大を行き来されていた時、新幹線を使っていると思いきや、車で行ったり来たりしていると伺って本当に驚嘆しました(笑)。

〈月尾〉 
その頃、静岡の伊豆に住んでいたのですが、私は車の免許を持っていないので、実際に運転してくれていたのは妻でした。

〈坂村〉
それにしても、東京と名古屋を毎回車で移動するというのは普通ではありません。また高知県でシンポジウムを開催するから来ないかとお声掛けをいただいた時も、会場に月尾さんの姿が見当たらない。最後にお会いできたと思ったら「いままで四万十川でカヌーに乗っていた」とおっしゃるので、なんですか? って聞き返したのをいまも覚えています(笑)。

結局、2050年の日本、未来の人間が幸せな社会を実現できるかどうかは、一人ひとりが何を考え、どう行動していくかにかかっているのです。

行動しなければ、何も変わりません。一歩踏み出す勇気と行動こそが明るい未来を創るのです

坂村 健
YRPユビキタス・ネットワーキン グ研究所所長

〈月尾〉 
私が坂村さんを尊敬しているのは、何といっても学問的業績です。これはぜひ多くの日本人に知ってもらいたいことです。

坂村さんが開発した純国産OS「トロン」は、小惑星探査機「はやぶさ」やH2Aロケット、自動車のエンジンをはじめ、カーナビ、プリンタや複合機、デジタルカメラ、スマートフォンに至るまで、様々な電子機器の内部に組み込まれていて、いまや世界の産業にとって不可欠な技術になっています。

しかも、坂村さんはご自身で開発したトロンの技術を特許などで囲い込まずに、世界の誰もが使えるようにオープンにした。そこが坂村さんのすごいところです。

〈坂村〉 
後から詳しく触れますけれども、技術をクローズにせずオープンにしたことが、結果的にトロンが発展・普及していく上で大きな原動力になりました。

いまのAIの急速な発展もそうですが、技術をオープンにすることで多くの人の知見を得られただけではなく、世界の多くの人に活用してもらえるようになったのです。

……(続きは本誌をご覧ください)

本記事の内容
◇気心知れた先輩・後輩の間柄
◇世界が認めた国産OS「トロン」
◇時代を先取りしたトロン電脳住宅
◇日本は既に一流国ではない
◇日本は80年周期の第三の開国の時にある
◇「勉強する場」大学の使命を取り戻す
◇ブレークスルーが生まれる土壌をつくる
◇トロンの成功が教えてくれること
◇壁にぶつかっても諦めずに努力し続ける
◇一人ひとりの考える力、行動が日本の未来を創る
◇いまこそ目覚めの時 底力を発揮せよ

プロフィール

月尾嘉男

つきお・よしお――昭和17年愛知県生まれ。40年東京大学工学部卒業。46年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。53年工学博士(東京大学)。都市システム研究所所長、名古屋大学教授、東京大学教授などを経て平成15年東京大学名誉教授。その間、総務省総務審議官を務める。『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社)『AIに使われる人 AIを使いこなす人 情報革命に淘汰されないための21の視点』など著書多数。

坂村 健

さかむら・けん――昭和26年東京都生まれ。54年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。東京大学教授を経て平成29年東京大学名誉教授。平成14年YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長。29年INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長を経て令和6年INIAD cHUB 機構長。平成15年紫綬褒章、18年日本学士院賞、27年ITU 150 Awards受賞。令和5年IEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Award受賞、「TRONリアルタイムOS ファミリー」 がIEEE Milestone 認定。6年「瑞宝中綬章」受章、「トロン電脳住宅」 がIEEE Milestone 認定。『DXとは何か』(角川新書)など著書多数。


編集後記

目覚ましい勢いで変化発展し、私たちの仕事や生活に大きな影響を与えている科学技術。最先端科学に通暁する月尾嘉男さんと、世界シェア60パーセントを占める組み込み型OS「TRON」を開発した坂村健さんの対談から、来るべき2050年の未来の姿が見えてきます。その未来に向かってこれから日本はどうあるべきなのか、ヒントが満載の対談です。

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