11 月号ピックアップ記事 /対談
人生を幸福に生きる知恵——「ヨブよ、腰に帯して立ち上がれ」 前田万葉(ローマ教皇庁枢機卿) 鈴木秀子(文学博士)
2018年、ローマ・カトリック教会において教皇に次ぐ枢機卿という聖職者に就任した前田万葉氏。そのルーツは長崎・五島列島の潜伏キリシタンである。苛酷な迫害に耐え抜いた曽祖父、原爆被爆者である母親。篤い信仰と核兵器のない平和への願いを受け継ぎながらいまも広く活動を続ける前田氏と、本誌連載でお馴染みの文学博士で聖心会シスターでもある鈴木秀子氏に、人生を幸福に生きるための心得を語り合っていただいた。
私たちが感謝の心をいつまでも忘れず、憎しみの心をすぐ消してしまうことができれば人間同士の憎しみ合いもなくなり、戦争
もなくなり、平和な社会が実現できるはずです
前田万葉
ローマ教皇庁枢機卿
〈鈴木〉
聖心会シスターの鈴木です。きょうはお目にかかれて光栄に思います。
〈前田〉
私もシスターが書かれたものを拝読しておりまして、お話ができることを楽しみにしていました。
〈鈴木〉
私は長崎の五島に巡礼に行ったことがあるのですが、小さな部屋にたくさんのカトリック信者が詰め込まれて殉教するといった、悲しい情景がまざまざと思い浮かぶような場がいまも残されていました。お聞きするところでは、その中に前田枢機卿様のご先祖様が何人もいらっしゃったそうですね。
〈前田〉
はい。私は潜伏キリシタンの末裔で、曽祖父の妹3人が命を落としています。
〈鈴木〉
枢機卿様は長い年月、ご先祖様が蓄積された信仰を一身に担われて、いまローマ教皇様に次ぐお立場として人々の幸せや世界平和のために尽くされていることに深い感慨を覚えるんです。
〈前田〉
ありがとうございます。五島列島の下から2番目に久賀島という島があるのですが、そこに「牢屋の窄」と呼ばれる殉教の地があります。明治時代の初期、潜伏キリシタンだった先祖9人が迫害を受け、その中の一人が当時21歳の青年だった曽祖父・紙村年松でした。
日々起きてくる出来事を素直に受け入れて、縁のあった人を大切にしていく。そうやって一人ひとりができる範囲のことをやっていくこと、"幸せ発信地"となっていくことが、世界を平和にする一番の道なのではないでしょうか
鈴木秀子
文学博士
〈鈴木〉
このキリシタン牢は「六坪牢」という名の通り畳12畳の広さです。それを半分に仕切って男性と女性に分けられて、そこに信徒200人余りが閉じ込められたんです。立つのも辛い状態で、幼い子どもは間に挟まれて宙ぶらりんだったそうです。力尽きた人はずり落ちて、死体はそのまま放置されて蛆がわくという本当に酷い状態だったと伝えられています。
時々、牢から出された信徒たちは口から水をどんどん入れられたり、両足を縛られて船で海の中を引きずり回されたり、あるいは丸太を四つ切りにして尖った部分に膝を立てさせられて、上から重たい石を載せられたりと、ありとあらゆる残虐な責め苦を受けました。食べ物といったら僅かにサツマイモが朝晩1個ずつ。年松はそんな苛酷な「六坪牢」で8か月間耐え抜いた後に釈放されるんです。
〈鈴木〉
こういうことが本当にあり得たのかと思うほどの悲しい歴史ですね。
島の人たちが苦しい殉教に耐え抜くことができたのは、お互いが一つの信仰で結ばれていたからだと思います。人間が苦しみを乗り越えるには、互いの支えと志を一つにすることがどんなに大切なのかということを、殉教の史跡を辿りながら私も身に沁みて感じました。
プロフィール
前田万葉
まえだ・まんよう――昭和24年長崎県生まれ。50年、福岡の神学校サン・スルピス大神学院卒業。カトリック中央協議会事務局長、カトリック広島教区長などを経て平成26年から大阪大司教区大司教。30年6月日本人で歴代6人目のローマ・カトリック教会枢機卿に就任。著書に『烏賊墨の一筋垂れて冬の弥撒』『前田万葉句集Ⅰ・Ⅱ』(共にかまくら春秋社)。
鈴木秀子
すずき・ひでこ――東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本にエニアグラムを紹介。著書に『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』『幸せになるキーワード』(共に致知出版社)。近刊に『悲しまないで、そして生きて』(グッドブックス)『心がラクになる新約聖書の教え』(宝島社)。他著書多数。
編集後記
カトリックにおいてローマ教皇に次ぐ聖職者・枢機卿を務める前田万葉さん。枢機卿は世界で200人、日本では歴代6人目です。長崎県五島列島の潜伏キリシタンの子孫で、激しい弾圧の中、命懸けで信仰を守った先祖の精神を受け継ぎながら歩んでこられました。シスターでもある文学博士・鈴木秀子さんとの対談からは、当たり前に思える日常の中にこそ、本当の幸せがあることを教えられます。
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