たった一人のお客さんのために 中村幸子(靴磨き職人)

都心の喧騒の中で、黙々と靴を磨き続けて50余年。灼けるように暑い日も、凍えるくらいに寒い日も、街頭に座り続ける中村幸子さんを突き動かすものは何か。92歳の職人の内に秘めた思い、そして波瀾の足跡に耳を傾けた。

お金のためだけにやってるわけじゃない。待ってくれてる人がいるから来るんです

中村幸子
靴磨き職人

【7月半ば、東京新橋の駅前広場で来客を待つ中村幸子さん。500円を渡し靴磨きをお願いすると、くたびれた靴はみるみる光沢を取り戻し、ものの15分で見事に息を吹き返した。】

──こんなに綺麗になるとは思いませんでした。感激です。

〈中村〉 
大事なお仕事の前に磨いていかれるお客さんが多いから、いつも一所懸命磨かせていただくんです。お客さんの中には、私が磨いた後で商売が上手くいったり、貧乏だったのに社長になったりして、喜んでまた来てくださる方もいるんですよ。「おばさんに磨いてもらうと、いいことがあったよ」って(笑)。

──靴墨を布ではなく、手で直接塗りつけてくださるのですね。

〈中村〉 
布でやると、靴墨が布のほうに入っちゃうから、直接手で塗り込んで靴に染み込ませるんです。自分の手は汚れたら洗えばいいでしょ。それよりお客さんの靴が綺麗になるほうがいい。自分よりお客さんがよくなるのがいいの。でも、そのおかげで指紋がなくなっちゃった。

──何年くらいやっていらっしゃるのですか。

〈中村〉 
40で始めて、いま92だから、もう52年。あっという間だね。弟が「姉さん、何で靴磨きなんか続けてるんだ」って言うから、「いいじゃないの、泥棒やってるわけじゃないんだし」って言い返すんです(笑)。

─それにしても、思った以上に大変そうなお仕事です。

〈中村〉 
座ってやってるから、楽そうに見えるでしょ。でも、決して楽じゃない……(続きは本誌にて)

プロフィール

中村幸子

なかむら・さちこ――昭和6年静岡県生まれ。18歳で日本楽器製造(現・ヤマハ)に入社後、19歳で上京。家族を養うため果物の行商などを経て、40歳で靴磨きを始める。以来92歳の現在まで、50年以上にわたって靴磨きを続けている。


編集後記

靴磨き職人として歩み来て50余年。連日猛暑が続いた7月半ば、お客様を待ち続ける中村さんは、92歳とは到底思えぬ佇まいでした。取材では、人を包み込むような優しさの隠れた、想像を絶する苦難の足跡を伺いました。「頑張ってね」。そう満面の笑みを浮かべる中村さんからのエールは、背中をぽんっと押して、生きる勇気を与えてくれます。

2023年10月1日 発行/ 11 月号

特集 幸福の条件

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