1 月号ピックアップ記事 /対談
一大事とは今日只今の心なり 五木寛之(作家) 青山俊董(愛知専門尼僧堂堂頭)
一大事とは今日只今の心なり。江戸期の禅僧・正受老人の言葉である。とかく過去や未来に目を奪われ、大切な足元を疎かにしてしまいがちな我われ凡夫への尊い戒めといえよう。この名句と同様に、作家として、尼僧として、それぞれの立場から人々に多くの示唆を与えてきたのが五木寛之氏と青山俊董氏である。共に90代の坂に差しかかったお二人は、人生の大事をどう捉え、いまをどう生きているのだろうか。
どんな日もかけがえのないきょう一日と受け止めて、その日その日を味わい、丁寧に生きることが大切だと感じています
五木寛之
作家
〈青山〉
五木先生と私は同級生のようですが、先生が3か月ほど先輩のようですね。
〈五木〉
青山先生は確か昭和8年のお生まれでしたね。
〈青山〉
ええ、昭和8年の1月で早生まれなんです。
〈五木〉
お互いに90歳越えの対談というのも、珍しいんじゃないでしょうか(笑)。
〈青山〉
私はこの4、5年でいっぱい病気をしまして、耳も遠くなり、目も見えにくくなり、頭もボケてきて(笑)。それでも、仏教詩人の榎本栄一さんの「くだり坂にはまたくだり坂の 風光がある」という言葉に倣って、下り坂の風光を楽しんでいるんです。
〈五木〉
私も以前『下山の思想』という本を書いたことがあります。人生の前半は必死で山頂を目指すばかりで、他のことを考える余裕もありませんけど、後半生では昔のことに思いを馳せたり、それまで目に留まらなかった景色に感動したりしながら優雅に山を下っていくことができる。下山というとマイナスに捉えられがちですが、下山には上りの時には味わえない喜びもあると思うんです
〈青山〉
本当にその通りですね。
24時間、いまここ、いまここを積み重ねて、どの一瞬も大事に生きていきたいものです
青山俊董
愛知専門尼僧堂堂頭
〈五木〉
ところで、きょうはどういうふうにお呼びしましょうか。「先生、先生」と、お互いが国会議員のように呼び合うのはみっともないと思うんですが(笑)。
〈青山〉
私は何でも結構(笑)。
〈五木〉
ではもう遠慮なく、「青山さん」「五木さん」で。
〈青山〉
こちらも「先生」とお呼びしなくてよろしいですか。
〈五木〉
全然構いません。実は、デビューしたばかりの生意気盛りの頃に大先輩の井伏鱒二さんと雑誌で対談をして、「井伏さん」と呼んだら編集長に酷く怒られたことがありましてね。対談の前には必ず確認するようにしているんです。
〈青山〉
井伏鱒二さんというと、『珍品堂主人』という作品がありますね。私はそのモデルになった美術評論家の秦秀雄先生と、不思議なご縁で親しくさせていただきました。
大学で学んでいた頃、……(続きは本誌をご覧ください)
プロフィール
五木寛之
いつき・ひろゆき――昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門・筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。また英文版『TARIKI』は平成13年度『BOOK OF THE YEAR』(スピリチュアル部門)に選ばれた。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。日本藝術院会員。
青山俊董
あおやま・しゅんどう――昭和8年愛知県生まれ。5歳の時、長野県の曹洞宗無量寺に入門。駒澤大学仏教学部卒業、同大学院修了。51年より愛知専門尼僧堂堂頭。参禅指導、講演、執筆のほか、茶道、華道の教授としても禅の普及に努めている。平成16年女性では2人目の仏教伝道功労賞を受賞。21年曹洞宗の僧階「大教師」に尼僧として初めて就任。令和4年大本山総持寺の西堂に就任。著書に『道はるかなりとも』(佼成出版社)『一度きりの人生だから』(海竜社)『泥があるから、花は咲く』(幻冬舎)『さずかりの人生』(自由国民社)『あなたに贈る人生の道しるべ』(春秋社)など多数。
編集後記
特集のトップを飾っていただいたのは、作家の五木寛之さんと愛知専門尼僧堂堂頭の青山俊董さん。90年以上の年輪を刻んできたお二人が説く人生の大事が心に沁み入りました。温顔を絶やさない青山さんですが、立て続けに大病を患われ、心臓にはいまもペースメーカーが入っているとのこと。それを感じさせない熱意で仏法を語る青山さんと、じっくりと耳を傾ける五木さんの姿が印象的でした。
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