7 月号ピックアップ記事 /対談
佐藤一斎に学ぶ人間学 窪田哲夫(ジョルダン非常勤監査役) 上寺康司(福岡工業大学教養力育成センター教授)

幕末の大儒・佐藤一斎が40年以上の歳月をかけて著した「言志四録」は古来、多くの人の人生や仕事の指針となってきた名語録である。「学を為す、故に書を読む」という言葉のように、一斎その人が書物を通して自らを鍛え錬り磨いた人であった。共に岐阜県恵那市「佐藤一斎 言志四録 普及特命大使」を務める窪田哲夫、上寺康司両氏に一斎の人生や「言志四録」からの学び、今日的意義についてお話しいただいた。

佐藤一斎
安永元(1772)年~安政6(1859)年。岩村藩家老の佐藤信由を父に江戸藩邸で生まれた。朱子学や陽明学に通じ幕府の学問所「昌平黌」の儒官を務める。門人に佐久間象山や横井小楠、渡辺崋山など。「言志四録」は、一斎が40代から80代にかけて著した『言志録』『言志後録』『言志晩録』『言志耋録』の総称。

小さな組織が大組織に闘いを挑むためには、体を張ることも大切ですが、精神的な支柱が必要であり、その支柱が僕にとっては「言志四録」でした
窪田哲夫
ジョルダン非常勤監査役
〈窪田〉
僕にとって一斎の教えが大きな心の支えになったのは、鉄道労働組合の中央執行委員をしていた40年以上前です。
当時、鉄労は国労(国鉄労働組合)や動労(動力車労働組合)に比べたら、とても小さな組織でした。鉄労は自由で民主的な労働運動を目指していて、安保闘争に明け暮れるような運動とは一線を画していました。
そのために国労、動労からは御用組合と罵られて、酷いいじめや暴力、脅し、吊し上げに遭うこともしょっちゅうだったんです。
小さな組織が大組織に闘いを挑むためには、体を張ることも大切ですが、精神的な支柱が必要であり、その支柱が僕にとっては「言志四録」でした。もっとも、僕は漢文が得意ではないので、「言志四録」の言葉を五七五に直してそれをA4の用紙に印刷していつも持ち歩いていました。
天に仕え、心を開き、事を成せ!発憤し、振るい立て志士 励み起(た)て!
人々の気質は異なれ、良知は同じ!
一人起ち、自信と情熱、行動す!最善と、決する勢い、事をなす!青年よ、励みの心、強くもて!
〈上寺 〉
窪田さんの凄まじい闘志が伝わってくるようです。

驚くべきは、一斎が晩年の80歳から82歳にかけての3年間で『言志耋録』を一気に書き上げていることです。内容も大変洗練されていて、私は一斎の80代を「磨の時代」と呼んでいるのです
上寺康司
福岡工業大学教養力育成センター教授
〈上寺〉
驚くべきは、晩年の80歳から82歳にかけての3年間で『言志耋録』を一気に書き上げていることです。しかも、条文は340条と、それまでの各3冊よりも多い。内容も大変洗練されていて、私は一斎の80代を、自らを磨き上げる「磨の時代」と呼んでいるのです。
〈窪田〉
当時で言う80歳はいまでいえば100歳近い年齢でしょう。そういう時代に88歳で亡くなるまで昌平黌の儒官を務めている。『言志耋録』を読むと年齢を重ねるたびに、心境が深まっているのがよく伝わってきます。自分を最後まで磨き上げようという一斎の気迫には圧倒されるばかりですね。
〈上寺〉
はい。私はいまの超高齢社会にこそ一斎のような先人に学ぶべきだと考えて、勤務大学における地域貢献活動の一環として、高齢者の方々を主要な対象に「佐藤一斎の『言志四録』と孔子の『論語』を学ぶ講座」を長年続けているのですが、90代は人間を磨く時代から輝く時代に入っていくというお話をしています。
〈窪田〉
僕も頑張らねば(笑)。
プロフィール
窪田哲夫
くぼた・てつお――昭和21年新潟県長岡市生まれ。慶應義塾図書館に勤務し拓殖大学商学部を卒業。鉄道労働組合中央執行委員、新幹線地方本部委員長、国鉄改革を経て、ジェイアール東海エージェンシーマルチメディア室長、営業部長、マーケティング部長、常務取締役を歴任。現在ジョルダン非常勤監査役、富士社会教育センター幹事、岐阜県恵那市 佐藤一斎 言志四録 普及特命大使。
上寺康司
かみでら・こうじ――昭和35年広島県生まれ。関西学院大学経済学部卒業。広島大学大学院教育学研究科教育行政学専攻博士課程前期修了、同後期単位取得退学。広島大学教育学部助手、東亜大学専任講師、東亜大学助教授を経て平成18年福岡工業大学教授。剣道教士七段。岐阜県恵那市 佐藤一斎 言志四録 普及特命大使。
編集後記
トップ対談は共に「佐藤一斎 言志四録 普及特命大使」であるお二人に語り合っていただきました。激しい労働争議の中で「言志四録」を心の支えにしてきた窪田哲夫さん、大学教育に同書を生かす上寺康司さん。お二人の話を通して一斎の教えが現代に息づいていることを教えられます。

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