6 月号ピックアップ記事 /対談
よき人、よき言葉との出逢いが、わが人生を導いてきた 大村 智(北里大学特別栄誉教授) 大庭照子(NPO法人日本国際童謡館館長)
寄生虫病などに罹った数億人の命を救ってきた特効薬イベルメクチンを開発し、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智氏。人生の山坂にも屈せず、日本の心を伝える童謡の普及に情熱を傾け続けてきた歌手の大庭照子氏。「世のため人のため」という志を胸にそれぞれの道を深めてきたお二人が語り合う、忘れ得ぬ出逢い、糧にしてきた言葉や教え、越えてきた艱難辛苦、その中から紡がれてきたわが人生の詩――。
使命感がないと人は強くなれません。使命感があるから、多少困難があっても「よしやってやろう」という力が出るんです
大村 智
北里大学特別栄誉教授
〈大庭〉
大村先生、きょうはこのような機会をいただき、本当に光栄です。しかも、富士山を望むこんなに素晴らしいところで……。
私がここ韮崎大村記念公園を最初に訪れた12年ほど前は、大村先生の生家と温泉施設、美術館(韮崎大村美術館)しかありませんでした。ところがその後、お蕎麦屋さんができ、いま日本庭園が整備され、まあ、今度はお茶室ができるというではありませんか!
ですから、多くの人にこの場所を知ってほしいとの思いで、東京ではなく、ぜひ韮崎大村記念公園で対談をと、我儘を言わせていただきました。私の我儘を聞き入れてくださってありがとうございます。
〈大村〉
私はかねて日本の発展のためにも東京一極集中はよくないと言ってきたのですが、そもそも地方に何もなければ人も来てくれないじゃないですか。ですから、この場所も、人々が集まって来る山梨の文化拠点にしようという大きな構想があるんです。それに会社を経営している弟・朔平も賛同してくれましてね、二人の合作として取り組みを進めてきました。
〈大庭〉
ああ、弟さんと一緒に。
〈大村〉
最初は地域の方々のために温泉を掘り、次いで2007年に美術館をオープンさせました。
なぜ美術館かというと、もともと私は絵画や陶磁器など美術品がとても好きで、様々な作品をたくさん収集してきたのですが、縁あって女子美術大学の理事長に就いたことをきっかけに、女流芸術家の作品を集め始めたんですよ。
それでそのコレクションをもとに、全国でもあまり例のない女流芸術家を顕彰する美術館をつくろうと考えたわけです。
童謡は日本人の美徳、情緒、生き方を人々、子供たちに伝え養う優れた教材であり、人生の詩そのものです
大庭照子
NPO法人日本国際童謡館館長
〈大村〉
オープンの翌年には、美術品を鑑賞する喜びを多くの人々と共に分かち合いたい、故郷の芸術・文化振興に貢献したいとの思いから、美術館を市に寄贈させていただきました。
もちろん、洋画家の鈴木信太郎先生など、様々な作品を展示していますけれども、女流芸術家たちの作品を常時見ることができるのは、おそらくこの美術館だけでしょう。あと、世に出ていない若い作家の作品を集めて紹介していくことにも力を入れてきました。
〈大庭〉
大村先生の思い入れの詰まった特別な美術館なのですね。
〈大村〉
で、温泉は地元の方が中心でしたが、やはり美術館には遠方からいらっしゃる方が多くて、近くに食事できるところはないかということになりましてね。今度はお蕎麦屋さんをつくった。これがまたおいしいと好評なんです。
まあ、そういうことを続けていると、幸いにも私の生家と蔵が2020年に国の登録有形文化財に指定されました。それにいま移築を進めているお茶室も文化的価値が高いものですから、庭園を含めてもろもろ整備されれば、まさに山梨の文化拠点になるんです。
プロフィール
大村 智
おおむら・さとし――昭和10年山梨県生まれ。33年山梨大学学芸学部卒業。38年東京理科大学大学院理学研究科修士課程修了。40年北里研究所入所。米国ウェスレーヤン大学客員教授を経て、50年北里大学薬学部教授。北里研究所監事、同副所長等を経て、平成2年北里研究所理事・所長。19年北里大学名誉教授。20年北里研究所と北里学園との統合により北里研究所名誉理事長(現在は北里大学特別栄誉教授)。27年ノーベル生理学・医学賞受賞。著書に『人をつくる言葉』(毎日新聞出版)『ストックホルムへの廻り道 私の履歴書』(日本経済新聞出版社)など。
大庭照子
おおば・てるこ――昭和13年熊本県生まれ。35年フェリス女学院短期大学音楽科声楽科専攻科卒業。46年NHK「みんなのうた」で『小さな木の実』を歌い童謡運動家の道へ進み、「大庭照子のスクールコンサート」を全国で開催。3000校以上の学校を回る。現在はNPO法人日本国際童謡館館長として童謡を広める活動に力を尽くしている。
編集後記
ノーベル賞受賞者である大村智さんと歌手の大庭照子さんの対談は、雄大な富士山や南アルプス、甲府盆地を望む大村さんの故郷・山梨県の韮崎大村記念公園にて行われました。取材当日は天候にも恵まれ、大村さんが大切にされている「眺望は人を養う」との言葉が実感を以て迫ってきました。これまで数々の山坂、艱難辛苦を乗り越えてきたお二人の人生論談義から、よき人とのご縁、よき言葉との出逢いによって運命が発展していくことを教えられます。
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