4 月号ピックアップ記事 /対談
人生百年時代をどう生きるか 五木寛之(作家) 境野勝悟(東洋思想家)
人生百年時代。当初は希望的な印象の強かったこの言葉に、次第に現実の厳しさが加味され、私たちに生き方の再考を促している。数々の話題作を通じて人生のヒントを提示し続けてきた五木寛之氏と、東洋思想にもとづき人の生き方を探求し続けてきた境野勝悟氏は、この問題をいかに捉えているのだろうか。共に卒寿の二人が語り合う、人生の四季の歩み方に耳を傾けてみたい。
人生百年時代では後半の生き方が大切です。特に60代は収穫期、70代は黄金期ですから
五木寛之
作家
〈境野〉
きょうは出かける前に父と母に線香を上げて、「これから五木先生と対談をしてきます」と合掌してまいりました。私にとって五木先生は、30代の頃からずっと作品を愛読してきた憧れの存在ですから、対談の機会をいただいてちょっと親孝行ができたような気持ちでいるんです(笑)。
〈五木〉
いやいや、恐縮です。
『致知』で名だたる碩学と丁々発止と渡り合ってこられた境野先生に比べると、私なんかは本当に一介の小説作者ですから(笑)。
〈境野〉
とんでもない。私は五木先生と同じ昭和7年生まれの90歳ですし、しかもお互い早稲田大学出身ということで、とても近しいものを感じています。
〈五木〉
境野先生は、神奈川の栄光学園で約20年教鞭を執っておられたそうですね。私は両親が教師の家庭で育ちましたから、何か親戚に会うような親しみを覚えるんです。
そこで一つ提案なんですけども、きょうは「先生」ではなく、お互い「さん」付けでどうでしょうか。
〈境野〉
ありがとうございます。私もそのほうが嬉しいですよ(笑)。
人生の四季を通じて咲かせた自分の花を見て、皆が喜び、心安らかになってくれたらいいですね
境野勝悟
東洋思想家
〈境野〉
早速ですが、五木さんが先般出されたこの『人生百年時代の歩き方』というご本は素晴らしいですね。どこを読んでも感動するんですが、一番胸を打たれたのは、世の中というのはうまくいかないものだとした上で、このように説かれている件です。
「にもかかわらず、なんとか今日まで生きてきたこと、とりあえず、今生きていること、そのことの価値をこそ認めて、自分を評価してあげなければいけないのではないでしょうか」
「人生思いどおりにならないなと悩みや迷いを抱いたときこそ、『生きているだけですばらしい』と、自分を再評価してほしい。悔い多き86年(編集部註・同書制作当時)を生きてきた、私の実感からの提案です」
この「生きているだけですばらしい」には胸が震えました。そして最後に「私の実感からの提案です」と。どこかの偉人の言葉ではなく、ご自身の実感からの提案と書かれているのが、五木さんの素晴らしいところだと思うんです。
デビュー以来、たくさんの話題作を発表してこられた五木さんは、一介の学校教師に過ぎなかった私からすれば憧れの存在で、悔いなんかない人だと思っていました。けれども、本当は人知れずいろんな葛藤を抱えながら仕事をしてこられたのですね。
〈五木〉
自分のことをおっしゃられると気恥ずかしい限りです。
私は両親をとても早くに亡くしましてね。いまならいろいろしてあげられることもあるでしょうけれども、当時の自分には何もできなかった。一番の悔いといえば、そこですね。
プロフィール
五木寛之
いつき・ひろゆき――昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門・筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。本年中国で発売された『中国語版・大河の一滴』が話題。日本芸術院会員。
境野勝悟
さかいの・かつのり――昭和7年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立栄光学園で18年間教鞭を執る。48年退職。こころの塾「道塾」開設。駒澤大学大学院禅学特殊研究博士課程修了。著書に『日本のこころの教育』『「源氏物語」に学ぶ人間学』(共に致知出版社)『芭蕉のことば100選』『超訳法華経』(共に三笠書房)など多数。
編集後記
作家・五木寛之さんの作品をデビュー時から愛読してきたという東洋思想家・境野勝悟さんの要望で、お二人の初対談が実現しました。「70歳からは人生の黄金期」「縁ある人を喜ばせたい」等々、共に90年の年輪を重ねてきたお二人の言葉、そして悟りにも通じる心境は圧巻。まさしく人生百年時代を生きる知恵と勇気に満ちています。
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