人生死ぬまで通過点 阿部 詩(東京2020オリンピック柔道女子52㎏級金メダリスト) 小嶋新太(日本体育大学柔道部女子監督)

史上初兄妹同日金メダル獲得──それが昨夏の東京2020オリンピックでひと際脚光を浴びたことは記憶に新しい。柔道女子52㎏級で五輪の頂点に立った阿部詩選手は、両肩の怪我、その手術とリハビリを乗り越え、去る10月の世界選手権でも自身3度目の優勝を飾ったのである。弱冠22歳の金メダリストはいかにして心身を鍛え抜き、快挙を成し遂げたのか。常日頃、日本体育大学柔道部で指導に当たる小嶋新太監督と共に、これまでの努力と苦難の道のりを辿りながら、勝負に挑む極意や大切にしている人生信条に迫った。
〔撮影=齊藤文護〕

オリンピックには魔物がいると言われますが、
私の場合、畳に上がれば魔物は全くいませんでした。
魔物は自分の心がつくり出すものかもしれません

阿部 詩
東京2020オリンピック柔道女子52㎏級金メダリスト

選手村に入った時にすごく緊張して、オリンピックの雰囲気に呑み込まれそうになったんです。

ああ、これが魔物なのかなと思ったりしましたね。

初めて出場するオリンピックでしたし、日本で開催されるオリンピックということもあって、やっぱり緊張の度合いは他の大会と全然違いました。

絶対に金メダルを獲得しないといけない状況で、逃げたい気持ちがなかったと言えば嘘になります。

けれども、試合の2~3日前に、こんなに緊張しても仕方がない。

これまで準備してきたことに自信を持って、普段通り一戦一戦集中して勝つことだけに意識を向けていこうと心を切り替えることができました。

ですから、私の場合、畳に上がれば魔物は全くいなかったです。魔物は自分の心がつくり出すものかもしれません。

すべては自分次第であり、どれだけ万全の準備ができるかで決まる。そのことを今回のオリンピックを経験して強く感じました。

これまで数多くの選手の指導に携わってきた中で、
伸びていく一流選手には3つの共通点があると感じます。
努力のできる天才、素直、感謝の心を持って人に接する

小嶋新太
日本体育大学柔道部女子監督

私は全然及ばないですが、詩の場合は努力が並大抵じゃなくて、努力のできる天才だと思っていますので、そういう選ばれた人間しか柔道の神様は声を掛けてくれないんじゃないでしょうか。

これまで数多くの選手の指導に携わってきましたが、努力のできる天才ということに加えて、一流選手は皆、素直です。

そして感謝の心を持って人に接しています。

試合で優勝した後も自ら進んで挨拶回りをするなど、周囲に支えられていることを肌で感じている。

そういう選手が伸びると思います。

プロフィール

阿部 詩

あべ・うた―平成12年兵庫県生まれ。兄・一二三の影響で5歳の時から柔道を始める。夙川学院中学・高校を卒業後、31年日本体育大学入学。現在、4年生。階級は52㎏級、段位は5段。27年グランプリ・デュッセルドルフを制し、史上最年少の16歳225日でIJFワールド柔道ツアー優勝を果たす。30年、令和元年に世界選手権2連覇。3年東京2020オリンピックで史上初の兄妹同日金メダルを獲得。パリオリンピックでの2連覇を目指している。

小嶋新太

こじま・あらた―昭和50年神奈川県生まれ。父親の影響で小学校高学年から柔道を始める。柔道の私塾・講道学舎に入門し、弦巻中学・世田谷学園高校を経て、日本体育大学へ進学。卒業後、平成10年綜合警備保障に入社。11年全日本実業柔道個人選手権大会で優勝。12年日本体育大学大学院体育科学研究科体育科学専攻修了(医学博士)。現役引退後は全日本男子ジュニアコーチなどを歴任し、28年より日本体育大学柔道部女子監督を務める。


編集後記

日本体育大学柔道部女子の監督を務める小嶋新太さんは『致知』の愛読者で、弊社刊『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』を教え子である阿部詩さんへ東京五輪の直前にプレゼント。プレッシャーに押し潰されそうになっていたところ、本書を読み、自分を信じて闘う覚悟が決まったといいます。それが機縁となり1年越しにこの対談が実現。22歳とは思えぬ心境の深さに、世界の頂点に立つ者の凄みを感じずにはいられません。

2022年12月1日 発行/ 1 月号

特集 遂げずばやまじ

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