11 月号ピックアップ記事 /対談
永続する企業は何が違うのか〈1300年続く老舗温泉旅館に聞く〉 田中真澄(社会教育家) 川野健治郎(西山温泉慶雲館社長)
甲斐の山懐に包まれた辺縁の地に、1300年もの歴史を刻んできた西山温泉慶雲館。度重なる自然災害にも屈することなく、「世界で最も古い歴史を持つ宿」としてギネスブックにも認定されるに至った要因は何か。その歴史と共に、同館の運営に奮闘してきた川野健治郎氏の運鈍根の歩みを、長年老舗企業の研究を重ねてきた田中真澄氏に繙いていただいた。
「富に至る道は、徳に至る道」であって、勤勉や倹約、誠実さといった運鈍根を地でいくような生き方を重ねていくことこそが、真の富や成功に繋がる道なんです
田中真澄
社会教育家
〈田中〉
こちらへ伺う道すがら、こんな山深い場所に1300年もの歴史を刻んできた旅館が本当にあるのかと、信じられないような気持ちでしたが、いやぁ実に素晴らしい旅館ですね。感激しました。
〈川野〉
お越しいただいてありがとうございます。私も田中先生にお目にかかることができてとても嬉しく思います。
〈田中〉
慶雲館さんは、2011年にはギネスブックに「世界で最も古い歴史を持つ宿」として認定されたそうですね。こんな素晴らしい旅館をつくり、守ってこられたというのは本当に偉大なことです。日本人として誇りに思います。
〈川野〉
先代は、私がこの慶雲館で働き始めた当初から「うちは705年から続いている日本で一番古い温泉旅館なんだ」と念仏を唱えるように繰り返していました。ところが、当館は過去に何度も自然災害に遭って蔵が流れたりしていたものですから、当時は何の証拠もありませんでしたし、自分たちで調べる術もありませんでした。
幸い、雑誌の『日経ビジネス』で取り上げていただいたおかげで注目が集まりましてね。いろんな学者の方が調べてくださった結果、先代の言っていたことが歴史的事実として証明され、ギネスブックの認定にも結びついたわけです。
〈田中〉
本当によかったですね。これまで客観的に証明する手立てのなかった慶雲館さんの歴史が、世界的にも認められたわけですから。
〈川野〉
今回、そのきっかけになった『日経ビジネス』の創刊に携わられた田中先生との対談のお話をいただいた時は、本当にびっくりしました。思いがけないご縁に感動しましたし、こういうご縁を呼び寄せてくれる慶雲館ってすごいなと、改めて実感しました。
どんな無理難題を与えられても、臍を曲げたり卑屈になったりせず、
とにかく自分にできる精いっぱいの努力を重ねて、それに応えてきた。
そのことによって大きな運がもたらされてきたのかもしれません
川野健治郎
西山温泉慶雲館社長
〈川野〉
先生のご本『百年以上続いている会社はどこが違うのか?』(致知出版社刊)を拝読し一番感動したのは、「一身二生」という言葉です。これからの時代はこういう考え方がとても大事になってくるだろうと共感を覚えました。
私は1984年に25歳でこの慶雲館に来て、4年前に社長になり、いま63歳なんです。40年近く慶雲館にどっぷり浸つかってきたものですから、もう十分にやった。65歳になったら引退しようかなと思っていたんです。
しかし先生のこの「一身二生」という言葉を拝見して、考えを改めました。65歳といっても、100歳まであと35年もある。後を託す予定の専務も、社長に辞められたら困ると言ってくれていますし、慶雲館が自分を必要としてくれているうちは辞めることはないと思い直したんです。
〈田中〉
その意気ですよ。先代から事業を引き継がれて、いまは川野さんがこの慶雲館のオーナーなんですからね。
私は書籍や講演を通じて、一般のビジネスパーソンにも、定年で会社を辞めたら、小さなお店でもいいから自分自身でオーナーになって、生涯現役で活動を続けましょうと提言しています。
〈川野〉
先生のお言葉を拝見して目が覚めました。引退するというと聞こえはいいけど、それはやっぱり苦労から逃げるってことですからね。
これまでいろんな試練に遭ってきましたが、いまのコロナ禍を乗り越えるのは本当に並大抵のことではありません。けれどもそこから逃げるのではなくて、もう一度立ち向かおうと。そして慶雲館の暖簾をこの先さらに100年、200年と守り続けていける土台をしっかり築き上げるのが私の使命だと改めて心に誓った次第です。
プロフィール
田中真澄
たなか・ますみ―昭和11年福岡県生まれ。34年東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、日本経済新聞社入社。日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に出向し、『日経ビジネス』の創刊業務に携わり、販売手法の確立に尽力する。54年独立し、ヒューマンスキル研究所を設立。社会教育家として講演・執筆活動を展開。講演回数は7000回を超える。著書に『百年以上続いている会社はどこが違うのか?』(致知出版社)など多数。
川野健治郎
かわの・けんじろう―昭和34年宮崎県生まれ。高校卒業後に上京し、㈲西山温泉慶雲館入社。59年より同社が運営する慶雲館勤務。平成29年、同館の運営会社となった㈱西山温泉慶雲館社長に就任。
編集後記
山梨県の西端、奥深い山峡に佇む世界最古の宿・慶雲館に到着した時、老舗研究家でもある田中真澄さんは感嘆の声をあげました。創業家以外から初となる社長に就任した53代目当主の川野健治郎さんが語る1300年の歴史とこれまでの経営の軌跡、おもてなしの真髄のお話に、感動をさらに深くされる様子が何より印象的でした。
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