6 月号ピックアップ記事 /インタビュー
420年の思いを伝承して生きる 沈 壽官(十五代)
薩摩焼宗家・沈壽官窯。その歴史は実に424年前、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時代にまで遡る。この地に連れられてきた朝鮮陶工が辛苦を乗り越え受け継いだ名品は、現在国内外で高い評価を得ている。
先人はこの精巧な技術と民族の歴史をいかに伝承してきたのか。十五代沈壽官氏に、ご自身の歩みを交えてお話しいただいた。
私は恵まれた。運がよかったのです。人生の節々で、市井の方々を含めて本当に様々な方から言葉をかけていただきました
十五代 沈 壽官
■「足元を見よ」司馬遼太郎さんからの教え
〈沈〉
ひと通りの技術を覚えた頃のことです。母親から「トーストを一枚乗せるお皿を焼いてほしい」と頼まれました。
形状やデザインは何でもよいと言われ、気軽に引き受けたんですけど、なかなかつくれない。私が自分で考えたと思っていたデザインは過去の秀作やヒット商品などから意匠を組み合わせただけで、私の色でも私の線でもなかった。
一人で何でもつくれると思っていたのは、形状やデザインを指示されたものに過ぎなかったのです。一番愛する人である母親のためにつくり上げる創造力がないことを痛感しました。
――壁に直面されたのですね。
〈沈〉
五里霧中の求道の世界を歩む際、何が自分の決断の拠より所になるだろうか。そう考えて思い至ったのが「哲学」でした。
そして、その時の未熟な私は、自分に哲学がない理由を家の伝統と歴史に束縛されているせいだと思い、逃げるようにイタリアの陶芸学校へ留学しました。1984年、25歳の時のことです。
(中略)
イタリア留学前に司馬遼太郎先生のもとにご挨拶に伺った際にも、希望を滔々と語る私に、面と向かってこう言われました。
「君ね、人間ああなりたいとか、こうなりたいと思ったらあかん。なぜなら、高いところにあるもんを取ろうと思ったら背伸びするやろ。つま先立った君の足元はほんまに危ない。君は自分の足元を見つめて、いま自分ができることを自分はどれだけやれているか、それだけを考えて生きればええんや」
禅でいう「看脚下(かんきゃっか)」の教えですね。後頭部を殴られたような衝撃を受けました。
プロフィール
沈 壽官
ちん・じゅかん――昭和34年鹿児島県生まれ。58年早稲田大学卒業後、京都での修業を終え、63年イタリアに渡り、国立美術陶芸学校卒業。平成2年大韓民国の工場でキムチ甕づくりを学ぶ。11年沈家初の生前襲名、十五代に。12年大韓民国明知大学客員教授、27年日韓国交正常化50周年記念15代沈壽官展開催。令和3年駐鹿児島大韓民国名誉総理事に任命される(14代に続く親子2代での就任)。
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