世界の頂点への道のり 井村雅代(井村アーティスティックスイミングクラブ代表理事) 宇津木麗華(女子ソフトボール日本代表監督)

東京2020オリンピックにて、4位入賞を果たしたアーティスティックスイミングと金メダルを獲得した女子ソフトボール。それぞれの指導を務めた井村雅代さんと宇津木麗華さんは、常に世界の頂上を目指してチームを強化し、勝利を掴んできた。今回、前例のないコロナ禍でのオリンピックとなったが、いかに選手を鼓舞し、チームを導いてきたのか。お二人の指導に懸ける熱い思いを交えて伺った。

私は世間から〝鬼コーチ〟と呼ばれているようですが(笑)、それは最後の最後、オリンピックの舞台でメダルを獲得し、私のもとで頑張ってよかったと思ってほしいから

井村雅代
井村アーティスティックスイミングクラブ代表理事

井村
 私の指導者の原点というか、まだジュニアの選手だった60年近く前にコーチから言われていまでも忘れられない言葉があります。それは私に対してではなく、ミーティング中の言葉なんですけど、練習をさぼった選手に対して、「休まないで練習に来ればどうにかして強くしてあげられるけれど、休んだ人にはどうもできない」と言っていたんです。このひと言がすごく心に残って、それほど上手ではなかった自分でも、休まず通い続ければ絶対にうまくなれるんだと励まされました。
 コーチになってからも、この子たちは皆、うまくなりたいと思って練習に来ているから、昨日よりもちょっとでも上手にして帰してやろう、そう思って指導しています。上達しないのは選手のせいではなく、指導者のせい。指導者の教え方や声掛けが悪いからだと捉えて、あの手この手を使ってでも選手の力を伸ばしたい。そんな祈る思いで指導を続けています。
 練習をしていく中で、当然辛いこと、耐えなければならないことも山ほどあります。でも、絶対にそれを乗り越えられると私は信じています。だからこそ、きょう練習に来てよかった、明日も行きたいと思える練習をさせてやりたいんです。

宇津木
 井村さんの深い愛情が伝わってきます。

井村
 その指導の際に一番大事にしているのは、選手の長い人生の中の大事なひと時を預かっているという意識です。この子たちが私から離れて次の人生を送る時に、何か一つでも役に立つものを残してやりたい。
 コーチをしていて一番嬉しいのは、自信のなかった子が堂々とした顔つきになったり、できなかったことができるようになって喜んでいる姿を見た時。オリンピックのメダルも嬉しいけれど、こうした日々の小さな喜びは絶大です。これがいまも指導を続けられている原動力だと思います。

山頂に辿り着いた時の快感、勝利を手にした時の喜びは7秒。「勝ったあぁぁ――!」と心の底から喜びを噛み締めたら、「よし、次は何をしようか」と切り替える

宇津木麗華
女子ソフトボール日本代表監督

宇津木
 井村さんに初めてお会いしたシドニーオリンピックで私は3本のホームランを打ち、女子ソフトボールの銀メダルに貢献することができました。でも、これも妙子さんから「ホームランを打て」って指示されたからなんですよ。

井村
 打てと言われて打てるものじゃないよ(笑)。

宇津木
 大会序盤は1試合1安打で十分満足していたんですけど、妙子さんは私以上に私の実力を分かっていて、そう指示したのだと思います。当時のチームは「大一番になると打てない」というレッテルを貼られていて、それを覆したいという妙子さんの思いもひしひしと感じていました。
 ですから私が、「ホームランを狙うと三振かホームランになります。それでもいいですか。チームプレーではなくなります」と聞くと、「いや、それこそがチームプレーだよ」って。

井村
 ええこと言いますね! その一か八か、三振かホームランって本当にその通りなのね。元競泳選手で、スポーツ庁長官も務めた鈴木大地さんが一九八八年のソウルオリンピックで金メダルを獲った時、監督の鈴木陽二さんに「あの金メダルは狙っていたんですか」と聞いたことがあります。そうしたら、いま麗華さんがおっしゃったのと同じで、「一か八かだった。決勝戦に進むのは8人だから、一番か八番を狙った」とおっしゃっていたことを思い出しました。

宇津木
 実は、今回の東京オリンピックで金メダルを獲得できたのも全く同じ発想なんです。15名の代表選手を決める際、私は決勝戦に勝つためだけにメンバーを選びました。ソフトボールは長年アメリカが王者として世界のトップに君臨しており、そのアメリカと決勝戦を戦った時に、勝利することだけを考えた。
 途中の試合が苦しかろうが負けようが、決勝に進んだら絶対に勝てるチーム。もう賭け事と同じですよね。たとえ決勝に進んでも、優勝できなかったら意味がないですから、選手たちにはとにかく決勝という大きな山だけを目指して登っていけと伝えていました。そうしたら、途中の山は全部クリアしていけるから。

プロフィール

井村雅代

いむら・まさよ―昭和25年大阪府生まれ。中学時代よりシンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)を始める。選手時代は日本選手権で2度優勝し、ミュンヘン五輪の公開演技に出場。天理大学卒業後、大阪市内で教諭を務める傍ら、シンクロの指導にも従事。53年日本代表コーチに就任。平成18年より中国、イギリスの指導を経て、26年日本代表ヘッドコーチに復帰。28年リオ五輪ではデュエット、団体とも銅メダルを獲得。令和3年の東京五輪では4位入賞。五輪でのメダル獲得数は通算16個。著書に『井村雅代コーチの結果を出す力』(PHP研究所)など。

宇津木麗華

うつぎ・れいか―中国名・任彦麗(ニン・エンリ)。昭和38年中国北京生まれ。女子ソフトボール中国代表チームでキャプテンを務めるも、18歳から宇津木妙子氏と交流を続けてきたことから、63年25歳の時に来日し、日立高崎入団。平成6年日本に帰化、宇津木麗華に改名。8年アトランタ五輪代表チーム入りするが、帰化問題から出場を取り消される。12年シドニー五輪では主砲として活躍し、銀メダル獲得に貢献。14年から監督を兼任。20年の北京五輪で悲願の金メダルを獲得。24年、26年の世界選手権で連覇。令和3年の東京五輪で金メダル獲得。


編集後記

アーティスティックスイミング日本代表元ヘッドコーチの井村雅代さんと女子ソフトボール日本代表監督の宇津木麗華さんは、20年来の親交を持つ間柄で、2時間半に及ぶ白熱の対談となりました。五輪や世界大会で結果を出し続けてきた者同士だからこそ語れる、選手の育て方・よいチームの条件・指導者の心得は、スポーツの枠に留まらず、あらゆる仕事に生かせる組織発展の要訣が詰まっています。

2022年3月1日 発行/ 4 月号

特集 山上 山また山

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