失敗は人生のスパイス 鈴木啓太(AuB社長/元サッカー日本代表)

競争の激しいJリーグで浦和レッズひと筋に16年間歩み、イビチャ・オシム監督率いる日本代表ではチームの扇の要として活躍した鈴木啓太氏。しかし、そのサッカー人生は決して順風満帆ではなかった。氏はいかに鍛錬を重ね、才能を開花させたのか。現役時代の挑戦と葛藤の日々に迫る。

失敗は経験であり、人生という時間軸で見れば、単なるスパイス

鈴木啓太
AuB社長/元サッカー日本代表
【写真=チームの勝利のために、泥臭くプレーしていた高校時代】

静岡県清水市で生まれ育った私がサッカーを始めたのは、幼稚園に入った頃でした。

幼少期は引っ込み思案で、母親の後ろに隠れているような子供でしたが、清水市は日本でも有数のサッカーが盛んな地域です。近所の子供が和気藹々とボールを蹴る姿を見るにつれ、好奇心が湧き上がったのでしょう。幼稚園からの帰り道、母親に「サッカーをやりたい」と、自分の意志を初めて伝えたことを鮮明に覚えています。

母親に連れられて近くのサッカースクールに行き、瞬く間にサッカーの虜になりました。小学3年生からは清水FC(ジュニア選抜チーム)に所属。早朝から自宅前の壁にボールを蹴り、放課後はスポーツ少年団と選抜チームの練習で夜9時頃まで汗を流すというサッカー漬けの毎日を送りました。

私が青春時代を過ごした80年代はマラドーナが世界を席巻し、三浦知良選手がブラジルで活躍していた時代です。彼らの姿に刺激を受け、幼稚園の頃からプロへの憧れを抱いていました。

そして1993年、12歳の時にJリーグが開幕したことを機に、将来はJリーガーになりたいと思い立ち、地元の名門・東海大一中サッカー部の門を叩いたのです。……(続きは本誌にて)

~本記事の内容~
◇チームの勝利を最優先にプレー
◇想像することが原動力になる
◇誰かが必ず見てくれている
◇転機となったオリンピック落選
◇「勇気」と「知恵」

プロフィール

鈴木啓太

すずき・けいた――昭和56年静岡県生まれ。平成12年東海大翔洋高校卒業後、Jリーグの浦和レッズに加入。18年、19年と2年連続Jリーグベストイレブンを受賞。18年日本代表に選出され、オシム・ジャパンとして唯一全試合先発出場。27年現役引退後にAuBを立ち上げ、ヘルスケア・フードテック事業を展開している。


編集後記

元サッカー日本代表にして、現在は「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションに掲げ、ヘルスケア・フードテック事業を展開するAuBで代表を務める鈴木啓太さん。取材は2月25日(水)、新宿のAuBオフィスにて行われました。終始明るく、弊誌の質問一つひとつに丁寧に答えてくださる姿が印象的でした。

2026年5月1日 発行/ 6 月号

特集 人間を磨く

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