子どもたちの生きる力を育てる【私の体験的教育論】 工藤勇一(横浜創英中学校・高等学校校長)

宿題ゼロ、定期テストなし、固定担任制廃止……都心の名門・麹町中学校校長としてよもや公立校とは思えない教育改革を進め、子どもの「自律」を引き出してきた工藤勇一氏。現職の私立校でも目覚ましい変革を起こす氏の手法と哲学に机上の空論は一つもない。この混迷の時代に、子どもの生きる力をいかに育てるか。その絶え間ない実行に学ぶ。

主体性がないところに自己肯定感も幸福感も生まれるはずがありません。教育の最上位目標、本質を教育現場が見失っているのです

工藤勇一
横浜創英中学校・高等学校校長

宿題ゼロ、定期テストなし、固定担任制や校則は廃止、一斉授業から「教えない授業」へ……。

2020年、60歳で退任するまでの6年間、校長として多くの改革を行った千代田区立麹町(こうじまち)中学校(東京都)から、この横浜創英中学校・高等学校の校長に転任して2年が経ちました。中高合わせて1,600人の生徒が通う本校は、もともと全国大会常連の部活動が多く、大学進学にも実績を持つ伝統ある私立高でしたが、この2年でさらに進化を図ってきました。

支持を集めている試みの一つは、従来の教育課程とは違い各界の第一人者と協力し、彼らから与えられた課題の解決に向け、中高6年間を通して探究活動を行う「サイエンスコース」。今年度は宇宙開発まで幅広く手掛ける植松電機の植松努社長、日本のがん研究の第一人者・加藤光保氏らを招聘し、探究学習それ自体ではなく、社会問題の解決を目的とする徹底した実学教育を行っています。

長く定員割れが続いていた中学の入学希望者は定員を超え始め、昨年度末の入試倍率は神奈川県内でトップに輝きました。また公立志向が強い当県で、高校からの入学者の半数が本校を第一志望で来てくれるようになっています。

既に中学入試の偏差値は10も上がりましたが、それは結果に過ぎません。教育の最上位目標とは自ら考え、行動できる人材の育成です。私が行ってきた改革はすべてその実践であり、日本には教育改革が絶対に必要です。それをご理解いただくには、子どもたちの現実をお伝えしなくてはなりません。

衝撃的なデータがあります。日本財団が世界9か国の17~19歳に対して実施している「18歳意識調査」(2019)で、「自分を大人だと思う」に「はい」と答えた日本の若者は29.1%と9か国中で最低。「自分で国や社会を変えられると思う」と答えた人も、2番目に低い韓国の半分を下回る18.3%で最低でした。国内の自殺者の調査では、2019年の1年間に小中学校で507人、毎日1人以上が命を絶っている。自己肯定感も世界で最低です。

見えてくるのは、自律の力を失った子どもの姿です。原因は明らかに教育のサービス過剰です。与えられることに慣れた子どもの特徴があります。うまくいかないことがあると人や環境(親や先生、塾)のせいにするのです。

彼らは、自分の頭で考え、行動する主体性、当事者意識という一番失ってはいけないものを奪われてしまいました。主体性がないところに自己肯定感も幸福感も生まれるはずがありません。

教育の最上位目標、本質を教育現場が見失っているのです。自律ができる子どもをどう育てるか。私が実践してきた方法は何もかも、子どもたちと接する中で学んだものです。

プロフィール

工藤勇一

くどう・ゆういち――昭和35年山形県生まれ。東京理科大学卒業。山形県、東京都の公立中学校でそれぞれ教鞭を執り、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て平成26年4月から令和2年3月まで千代田区立麹町中学校長。同年4月より現職。主著に『学校の「当たり前」をやめた。』、編著に『自律と尊重を育む学校』(共に時事通信社)などがある。内閣官房教育再生実行会議委員も務める。


編集後記

従来の学校教育とは一線を画す改革を進め、生徒たちの「自律」を育んでいる工藤勇一さんの哲学は、現場での苦闘から生まれました。荒れ果てた学校も定員割れの学校も、行く先々で劇的な変化をもたらした実学教育は、日本の教育のあり方に一石を投じるものです。

2022年9月1日 発行/ 10 月号

特集 生き方の法則

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