人間・仏陀の足跡に学ぶ 五木寛之(作家) 横田南嶺(臨済宗円覚寺派管長)

命ある限り歩き続ける──この言葉に最も相応しい人物の一人が仏陀と言えよう。ブッダガヤにて悟りを開いて五十余年、熱砂の中を最後の最後まで教えを説いて歩き続けた、その希有なる足跡に思うこと、学ぶべきことについて、お馴染みの五木寛之氏と横田南嶺氏に語り合っていただいた。

齢八十でガンジス川を越え、熱砂の中を命ある限り歩き続けた仏陀のことを思いながら、私も作家として体が続く限り活動を続けたいと思っています

五木寛之
作家

 私は小説家ですから、もちろん原稿も書きますし、本も出しますけども、どちらかというと話をすることのほうをより大事にしているのです。講演と対談は執筆活動の余技ではなくて、むしろ本道と自分では思っているんですよ。
ですから、お声がかかればどこへでも講演に行きますし、対談も大学者からストリッパーまで相手構わず、この50年で2,500人くらいの方々と向き合ってきました。
 考えてみれば、仏陀もキリストもソクラテスも、自分で一冊も本を書いていません。彼らが生涯かけて成してきたのは説法と問答、まさしくいまで言うところの講演と対談です。
 私たちは活字とか書物に過大な思い入れを抱きがちです。けれども、仏陀は阿難をはじめたくさんの弟子たちに肉声で教えを説きましたし、親鸞も直接教えを授ける面授ということを大切にしました。私も非常にラッキーなことに、これまで実にいろんな方のお話を伺う幸運に恵まれて、そこから自分のものの考え方をつくり上げてきた人間なんです。

お釈迦様は悩み苦しみの尽きないこの世界の人々に憐れみの心を起こし、真理を説くことを決意されたわけですから、慈悲や憐れみや思いやりの気持ちこそが仏教の根本であると、私は受け止めております

横田南嶺
臨済宗円覚寺派管長

 円覚寺は、元寇で亡くなった多くの方々の霊を慰めるために創建されましたけれども、日本の兵士のみならず、日本に攻めてきた元の兵士も区別せず平等に弔いました。円覚寺に縁の深い夢窓国師などもこの根本精神を受け継いで、足利尊氏に敵対していた後醍醐天皇の菩提を弔うことを勧めたことから天龍寺が建立されたといういきさつもあります。
 仏教学者の中村元先生は、日本のそういう尊い和の精神が、近代国家になるにつれて失われてしまったと書かれています。お釈迦様は「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む」と説かれています。これはサンフランシスコ講和会議でスリランカのジャヤワルダナ氏が引用して有名になりましたけれども、これこそ仏教の根本精神であり、かつては日本人にも深く浸透しておりました。
『平家物語』で熊谷直実が、自分の息子と同じ年頃の敵・平敦盛を討ち取る時に、死後の供養をいたしましょうと涙を流す場面なんかもいい例ですね。そんな例が日本の歴史を繙くと無数にあります。

プロフィール

五木寛之

いつき・ひろゆき――昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。また英文版『TARIKI』は平成13年度『BOOK OF THE YEAR』(スピリチュアル部門)に選ばれた。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。

横田南嶺

よこた・なんれい――昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『人生を照らす禅の言葉』『禅が教える人生の大道』『自分を創る禅の教え』など多数。最新刊に『生きる力になる禅語』(いずれも致知出版社)。


編集後記

大好評につき3度目に及んだ作家・五木寛之さんと臨済宗円覚寺派管長・横田南嶺さんのご対談。生と死にまつわるお二人の豊富な知見と深い洞察に何度も唸らされました。最後の旅で、体が朽ち果てるまで歩き続けた人間・仏陀のエピソードは感動的で、聖者の知られざる一面から貴重な人生の示唆をいただきました。

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