それでも、人は愛するに足り、 真心は信ずるに足る ~中村哲医師と共に歩んで~ 藤田千代子(ペシャワール会PMS支援室室長)

パキスタン、アフガニスタン両国で長年、人道支援を行い、2019年に非業の死を遂げた中村哲医師。その中村医師の下で30年にわたり看護師として活動を共にしてきたのが藤田千代子さんである。医療だけでなく、灌漑事業による農業復興など様々な支援を通して人々を病や飢餓から救ってきた中村医師の志を、藤田さんはいまどのように受け継いでいるのか。
【写真=民族衣装を身につけた藤田さんの左が中村医師】

何事があっても、何事もなかったかのように仕事を進めなさい

中村哲(なかむら・てつ)
昭和21年福岡県生まれ。九州大学医学部卒業後、精神科医に。59年パキスタン北西部ペシャワールの病院に赴任、医療支援に取り組む。アフガニスタンを大干魃が襲って以降は水資源の確保にも取り組み1,600本以上の井戸を掘削。27キロにもおよぶ用水路を建設、砂漠化した大地に緑を蘇らせた。令和元年何者かに銃撃され死亡。享年73。

中村哲先生が人生を通してめざしたものは「命の平等」だと思います。あまりにも大きなテーマのようですが、「三度三度ご飯が食べられる」という至極当たり前の話に行き着きます。
日々の糧を得られてこそ私たちは命を繋ぐことができるのです

藤田千代子
ペシャワール会PMS支援室室長

パキスタンやアフガニスタンで人道支援を続けていた中村哲先生が銃弾に斃れて今年で7年。改めて月日の流れは早いものだと驚いています。事件が起きた2019年12月4日、ペシャワール会(中村医師の活動を支援する組織)の一員として、日本で後方支援に当たっていた私は、突然の衝撃に言葉を失い、喪失感は長い間消えることはありませんでした。

中村先生と共に現地で活動に当たっていた職員たちが受けたショックはそれ以上で、「ドクター・サーブがいなくなった」「これからどうしたらいいのか」と泣き叫びながら、福岡のペシャワール会本部に電話をかけてきた職員の声がいまも耳に残っています。

中村先生がパキスタン、アフガニスタン両国で手掛けたのは医療支援だけではありません。大干魃(だいかんばつ)に襲われたアフガニスタンの現状を目にした先生は、2002年、農業復興をめざす「緑の大地計画」を立案、大河から水を引く用水路建設を自ら陣頭指揮し、7年間で25キロを開通させることで砂漠化した大地を蘇らせたのです。

これらの足跡はあまりにも大きく、指導者を失ったことへの不安感も言葉では言い尽くせないものがあったのでしょう。

職員たちの気持ちを受け入れながら、自分の心を必死で立て直す毎日を送っていた時、ふと中村先生の言葉が頭に浮かびました。

「何事があっても、何事もなかったかのように仕事を進めなさい」

打ちひしがれた皆の気持ちを立て直す特効薬は、中村先生が取り組んできた事業を継続させることだと直感した私は、現地の職員と頻繁に連絡を取り合いながら、それが何よりも先生の思いに応えることになると伝え続けたのです。……(続きは本誌にて)

~本記事の内容~(全4ページ)
◇何事もなかったかのように仕事を進めなさい
◇マザー・テレサに憧れて
◇100の診療所より1本の用水路を
◇国の未来を思っての一喝
◇中村先生を突き動かす思い

プロフィール

藤田千代子

ふじた・ちよこ――昭和33年鹿児島県生まれ。鹿児島市の看護学校を卒業後、福岡徳洲会病院に勤務。平成2年からパキスタン・ペシャワールで診療に携わる。令和3年功績を残した看護師らに贈られるフローレンス・ナイチンゲール記章受章。


編集後記

アフガニスタンで人道支援を行っていた中村哲医師が銃弾に斃れて7年の歳月が流れました。中村医師と30年間行動を共にした看護師の藤田千代子さんのお話を通して、人種の壁を越え、一人の人間として救援活動に人生を捧げた中村医師の献身的な生き方が伝わってくるでしょう。

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