最高の菓子づくりに生きる 水上 力(一幸庵店主) 青木定治(Sadaharu AOKI paris オーナーシェフ)

東京・茗荷谷に店を構えて45年、世界の料理人が絶えず見学に訪れるお菓子調進所「一幸庵」。店主の水上 力氏を〝親父さん〟と慕っているのが、洋菓子の本場・パリで人気を博し、国内外で計14店舗を展開するSadaharu AOKI paris オーナーシェフの青木定治氏。20年来の仲である二人はいかにして和菓子と洋菓子、それぞれの世界を牽引してきたのか。その実践の歩みを辿ることで、一流の仕事とは何かが見えてくる。

心の持ちようでいくらでも仕事を面白くできる。逆に言えば一生仕事をし続けるわけで、その過程には後退は存在せず、進化しかない

水上 力
一幸庵店主

修業時代、心に残っているのが名古屋の旦那から言われたひと言です。

「お前は大卒で、頭を使う訓練をしてきている。高卒の人が10年かかることを5年で、中卒の人が10年かかることを1年で覚えて当たり前だ」

と。当時は長年やっている人のほうが遥かにうまいし、追いつかないと思っていたけど、独立して十年が経つ頃、それが突然分かるようになりました。

どういうことかと言うと、技術は後からいくらでもついてくるからどうだっていいんです。饅頭を100個包んだ人より1,000個包んだ人のほうがうまいのは当然なんだから。そうじゃなくて、職人としていかに仕事が染みついているか。どうすればおいしいものがつくれるかが体に染み込んでいなければいけないんです。

名古屋の旦那から習ったのが、羽二重餅という白玉粉と餅粉を合わせてつくるシンプルなお菓子です。旦那は明確な言葉では教えてくれないけど、「もっと火を入れろ」「ちゃんと練れ」「卵白をよく立てろ」と、毎日のように様々な注意を受けました。当時は違いが分からなくなるほどでしたが、独立して10年、ある日突然、餅を触った時に「これだ!」とハッとした瞬間があったんです。

何がどう違うのか、言葉では表しにくいけど、「ああ、旦那が言いたかったのはこれだったのか」と衝撃を受けました。それからは肩の力が抜けて、自分のつくる和菓子から角が取れてよりおいしくなったと思います。

私は10年で理解できたけど、5年で分かる人もいれば一生分からない人もいる。この感覚はいくら言葉で説明しても無駄で、自分で会得するしかないだろうね。

基本中の基本が完璧であることが絶対不可欠の条件。基本を大切にするからこそ、作り手のオリジナリティが発揮される

青木定治
Sadaharu AOKI paris オーナーシェフ

フランスに行って勉強になったのは、フランス人は可愛いと思った人に対しては、とことん応援してくれるんです。日本だったら「あの人そろそろ失敗しそう」と外から眺めるだけですが、フランスだとパトロン文化があるからなのか、「自分がいるからあの人は絶対に失敗させない」と応援してくれるおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいるんです。

それから、フランスでは菓子屋として認められるためには基本中の基本が完璧であることが絶対不可欠の条件です。そこに日本人だからという言い訳は通用しません。ですから、ミルフィーユやエクレアなど、どの店にも必ず置いてある定番商品は確実においしくつくれなければいけない。

そのベースを整えた上で、自分のオリジナリティを盛り込んでいく。この基本を大切にするからこそ、作り手のオリジナリティが発揮されるのだと思います。特にマカロンは研究に研究を重ねたので、絶対にパリで一番おいしい自信がありました。だからこそ、味にうるさいフランスのマダムたちに愛され続けるお菓子が出来上がったのだと思います。

僕は常に自分がちょっと努力しないとできないことを追いかけるのが好きなんです。常にドキドキがないと楽しくないですし、昨日と同じこと、他の店と同じことをやっていてはつまらない。いまできることを毎日繰り返すのではなくて、昨日の自分が恥ずかしくなるようなきょうの自分でありたい。

そんな思いで仕事に没頭し続けていたら、おかげさまで二年後に二店舗目を出し、その後どんどん店舗を増やすことができ、パリで最大六店舗にまで広がりました。

プロフィール

水上 力

みずかみ・ちから―昭和23年東京都生まれ。江戸菓子屋の四男として育つ。京都・名古屋で約5年間、和菓子職人としての修業を積み、52年東京・茗荷谷に「一幸庵」を開店。「エコール・ヴァローナ 東京」や「ジャン・シャルル・ロシュー」といった国際的なパティスリーメゾンとのコラボを積極的に行う。著書に日英仏の3か国語で書いた『IKKOAN 一幸庵 72の季節のかたち』(青幻舎)の他、『和菓子職人 一幸庵 水上力』(淡交社)がある。

青木定治

あおき・さだはる―昭和43年愛知県生まれ。青山シャンドンで働いた後、64年に渡仏。平成7年仏・パティシエの登竜門「シャルル・プルースト杯」において味覚部門優勝。現在パリに5店舗、日本に9店舖を持つ。30年フランスの権威あるショコラ品評会「C.C.C.(ClubdesCroqueurs de Chocolat)」にて、5年連続最高位、8年連続の受賞。著書に『パリ発! サダハル・アオキのフランス菓子』(NHK出版)『サダハル・アオキのお菓子』(角川マガジンズ)など多数。


編集後記

菓子職人の名匠同士による対談は、ピカピカに磨き上げられた一幸庵の厨房にて行われました。店主の水上力さんはこの日のために用意した様々な創作菓子でおもてなし。青木定治さんも感嘆しながら質問を発し、大いに談論風発しました。お二人の仕事術に一流とは何たるかを学びます。

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