11 月号ピックアップ記事 /対談
渋沢栄一『論語と算盤』に学ぶ大転換期の生き方 田口佳史(東洋思想研究家) 渋澤 健(コモンズ投信会長)
「日本の資本主義の父」と称される渋沢栄一。昨年4月、2024年度に刷新される新紙幣の一万円札に肖像が描かれるとの発表を受け、再び注目を集めている。東洋の古典や人物に造詣の深い田口佳史氏と渋沢栄一の玄孫である渋澤 健氏は、コロナ禍で社会の分断が進むいまこそ、渋沢栄一の精神に依って立つべきだという。渋沢栄一の人格の根を養ったものを辿ると共に、代表著作『論語と算盤』を繙く。そこから見えてきた大転換期の生き方――。
正しい資本主義のあり方は『論語と算盤』に全部書いてあります
田口佳史
東洋思想研究家
いま渋沢栄一を語るべき理由は幾つかあって、まずはそれをかいつまんでお話ししようと思います。何と言っても、いま一番、渋沢栄一に学ばなきゃいけないのは「大転換期の生き方」です。
まさに渋沢栄一は大転換期を生きた人で、幕末の転換というのは大塩平八郎の乱から始まったと見るのが基本ですが、渋沢栄一が生まれたのは1840年。その3年前の1837年が大塩平八郎の乱なので、ちょうど転換期に入った時に生まれた人ですよ。
それから当時の身分というのはご承知の通り士農工商。その士農工商を全部経験した人なんです。なぜ身分を変えたか。『論語と算盤』の中で、まず農民から武士になる時には、「同じく人間と生まれ出た甲斐には、何が何でも武士にならなくては駄目であると考えた」と。次に武士から商工業者になる時には、「国家のために商工業の発達を図りたいという考えが起こって、ここに初めて実業界の人になろうとの決心がついたのであった」と。
つまり簡単に言うと、いつも背後にあるのは日本を何とかいい国にしたい。非常に筋が通っているんですよ。それを説くだけの人はごまんといるけれども、自分の身を挺して世の中を変えていこう、万民平等の社会をつくろうなんてことを実践した人はそう多くない。
大転換期に躊躇していたらいかんと。自分の信ずる道を貫き通して、そのためには立場を変えるくらいの転換を図らなきゃいかんということを、我われは第一に学ぶ必要があります。
渋沢栄一が常に求めていたのは、「きょうよりもいい明日になれるはずだ」ということです
渋澤 健
コモンズ投信会長
私から見ると渋沢栄一ってすごく不思議な人で、亡くなったのは1931年ですから、89年前ですよね。いまから約100年前に活躍した人物でありながらも、特にここ10年くらいで、徐々に時代が渋沢栄一に追いついてきたというか、渋沢栄一を求めるようになったと思います。
渋沢栄一が生きた時代というのは日本が後進国から先進国の仲間入りを果たした、大きな変化の時代です。明治末期から大正にかけて、渋沢栄一は「世の中は物質的に豊かになったけれども、精神的にはどうなのだろうか。このままじゃダメだ」という怒りのメッセージを結構発しているんです。
渋沢栄一が常に求めていたのは、「きょうよりもいい明日になれるはずだ」ということです。ある意味で、現状に不満を持っていたと思うんですね。
この問いかけはいまの時代にも全く当てはまるもので、世界は経済的に豊かになりました。コロナ禍でもアメリカの株式市場は最高値を記録しています。けれども、蓋を開けてみると、富んでいるのはごく一部の人たちであって、隅々まで豊かになっているわけではないし、精神的に我われは豊かになっていますかと。アメリカの人種差別問題をはじめ、社会の分断は進む一方で、いろんな課題がある。
それは裏を返せば、もっといい国になれる、もっといい世界になれるということだと思います。
プロフィール
田口佳史
たぐち・よしふみ——昭和17年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。47年イメージプランを創業。著書に『ビジネスリーダーのための老子「道徳経」講義』『人生に迷ったら「老子」』『横井小楠の人と思想』『東洋思想に学ぶ人生の要点』など多数。最新刊に『佐久間象山に学ぶ大転換期の生き方』(いずれも致知出版社)。
渋澤 健
しぶさわ・けん——昭和36年神奈川県生まれ。44年父親の転勤で渡米。テキサス大学卒業後、UCLAでMBA取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックスなどでの勤務を経て、平成13年シブサワ・アンド・カンパニーを創業。20年コモンズ投信を設立。渋沢栄一の玄孫。著書に『渋沢栄一 人生を創る言葉50』(致知出版社)など多数。
編集後記
渋沢栄一——91年の生涯に約500の企業経営と約600の社会事業に携わった、その偉大なる人物の生き方や遺した言葉について、東洋思想研究家・田口佳史さんとコモンズ投信会長・渋澤健さんに、縦横に語り合っていただきました。ウィズコロナ時代に大切な〝人や企業のあり方〟がここに凝縮されています。
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