4 月号ピックアップ記事 /鼎談
人間における運の研究 鈴木秀子(文学博士) 數土文夫(JFEホールディングス名誉顧問) 横田南嶺(臨済宗円覚寺派管長)

人間にとって運は古来、生きる上での大きなテーマとなってきた。では、運とはどういうものであり、どこからやって来るのか。また、運を手にして幸福な人生を送るにはいかなる心構えで歩んだらよいのか。本誌連載でお馴染みの鈴木秀子、數土文夫、横田南嶺の三氏は、ジャンルこそ異なるものの、人生をかけて仕事や人生の本質を探究し続けてこられた。三氏の味わい深い座談会を通して、運を巡る深い知恵に迫る。

行動と言葉と思いの持ち方によって、人間はいかなる環境にあろうとも、いかようにも変わることができるし、運を引き寄せることができる。
これはとても希望の持てる教えなのではないでしようか
横田南嶺
臨済宗円覚寺派管長
〈本誌〉
『致知』で連載いただいているお三方をお迎えしての座談会は、2023年3月号(特集「一心万変に応ず」)に続いて2度目ですが、今回は長年、人生や仕事の本質を見つめ続けてこられた先生方に、人間の運をテーマとして語り合っていただきたいと思っています。
まずは、いまの世相をご覧になって何を感じるか、そのことからお話しいただけないでしょうか。
〈横田〉
僭越ながら私から口火を切らせていただきますと、心を痛めた出来事と言えば、何よりも昨年元日に起きた能登の震災でございますね。この震災を通して、日本が抱えているいろいろな問題が見えてきたように思います。
日本が災害の多い国であることを改めて認識させられましたし、今日の科学技術をもってしても予知が困難であることを教えられました。それから地方の過疎化の問題、復興復旧が思うように進まないという問題、人手不足など、日々取り沙汰されている様々な問題が凝縮されているようでした。
震災後、私のところの寺でも復興支援の計画を立てていたのですが、9月の豪雨による被害で中止せざるを得なくなりました。同じ場所が同じ年に2度大きな災害に見舞われたわけですから、住民の皆様のことを思うと本当に胸が痛みます。
〈數土〉
おっしゃる通りですね。
私が昨年、日本人として一番悲しかったのもやはり能登半島の震災と水害でした。
〈横田〉
反対に嬉しかったことは本当に少ないご時世ではあるのですが、そういう中でもパリで開催されたオリンピック・パラリンピックでは日本人の選手が大いに活躍してくださいました。とりわけ私が奉職している花園大学の卒業生がパラリンピックの女子柔道で日本初の金メダルを獲得しましてね。これは大きな喜びでございました。

運を高める人は、よきことを習慣化している。
ではよい習慣とは何かといったら、一つは志を常に持っておくことだと私は考えています
數土文夫
JFEホールディングス名誉顧問
〈數土〉
昨年を振り返って私が悲しかったのは能登の震災ともう一つ、この30年間、日本の国力の低下に歯止めが掛からないという現実でした。国際競争力や国民の平均年収がどんどん下がり続けている。しかも、その定量的、定性的な解析すら全くできていない。そんな馬鹿なことがあるのかと。
そのことは政治家はもとより、財務省、経済学を専門にしている学者の責任回避であり、怠慢だと私は思っています。
実際、日本人の年収は隣国・韓国よりはるかに劣っている。スイスの大卒の初任給は平均900万円だと言われますが、日本はその半分にも満たない。話にもなりません。
加えて言えば、過去、ノーベル経済学賞を受賞した日本人は一人も出ていないでしょう? 不勉強と言わざるを得ないし、そのことをもっと真剣に反省しなくては駄目だと思いますね。
嬉しかったのは私もオリンピック・パラリンピックでの日本人の活躍です。特にオリンピックでは金メダル20個と、アメリカ、中国に続いて世界3位でした。感心するのは、オリンピックの選手を含めて日本のスポーツ選手は総じて人格が素晴らしいことです。
自分の競争相手に対してもきちんとリスペクトできる。大谷翔平選手はその典型だと思いますが、ここまでのスポーツマンシップを持っているのは日本人だけではないかと、とても誇らしく感じました。

最も人間らしい豊かさ、人間味のある人は、辛い感情を味わいながら、それを受け入れて乗り越えていくといわれます。
もちろん、順境の時も人を穏やかに成長させてくれますけれども、人間味を深めていくのはやはり逆境の時だと思うんです
鈴木秀子
文学博士
〈數土〉
鈴木先生はいかがですか。
〈鈴木〉
私は子供の頃、戦争を経験しましたから、いまのウクライナの状況には当時のことを思い出して、とても胸が痛みます。目の前で友人が米軍の機銃掃射で殺されたり、立派な家が爆弾で潰れたりする姿を見てきましたので、とても他人事とは思えないんですね。戦争のない平和な世界が一日も早く訪れることを願わずにはいられません。
嬉しかったことといえば、私が所属する聖心会という修道会でこういうことがありました。最近、世界的にシスターの数が減ってきて日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの4か国が一つの管区になったんです。それでどうなったかというと、これまでお互いに足を運び合って会議をしても、価値観の違いもあって、なかなか話が纏まとまらなかったのが、一つの目的を持って動き出した途端、いい面を出し合って理解し合えるようになりました。
隔たりのある国だったとしても、心を一つにして同じ目的に向かって理解し合えることを知ったのは、とても嬉しいことでした。
〈横田〉
一つの目的を持つことが、お互いを結びつける力になるのですね。
プロフィール
鈴木秀子
すずき・ひでこ――東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本にエニアグラムを紹介。著書に本誌連載をもとにした『名作が教える幸せの見つけ方』(致知出版社)など多数。近著に『なにがあっても、まぁいいか』(樋口恵子氏との共著、ビジネス社)。
數土文夫
すど・ふみお――昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。著書に『徳望を磨くリーダーの実践訓』(致知出版社)。
横田南嶺
よこた・なんれい――昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『人生を照らす禅の言葉』
『十牛図に学ぶ』『臨済録に学ぶ』『無門関に学ぶ』など多数。最新刊に栗山英樹氏との共著『運を味方にする人の生き方』(いずれも致知出版社)。
編集後記
運とは何か。運はどこから来るのか。どうしたら運をよくすることができるのか。鈴木秀子さん、數土文夫さん、横田南嶺さん、『致知』でお馴染みのお三方による鼎談はとても明快で味わい深いものがあります。真の幸運とは、一見不幸に見える出来事の中にこそ隠れているのであり、自己を磨いて仕事や人生を好転させるヒントがそこにあるというお話に、希望と勇気を抱かずにはおれません。

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