4 月号ピックアップ記事 /対談
勝運を掴む 岡田武史(今治.夢スポーツ会長) 小久保裕紀(福岡ソフトバンクホークス監督)

サッカーと野球。活動のフィールドは異なるものの、共に日本代表監督として世界の大舞台で戦った岡田武史氏と小久保裕紀氏。得難い体験を糧にいま、それぞれFC今治、福岡ソフトバンクホークスで目覚ましい実績を上げている二人は、いかにして己の運命と組織の可能性を切り拓いてきたのだろうか。名将が語り合うチームづくり、そして勝運の掴み方。

起きた事実は変えられません。でもそれをどう受け止め、どう生かしていくかで運は左右されると思うんです。
マイナスなことがあっても、よかったところに目を向けていくほうが豊かな人生になっていく
小久保裕紀
福岡ソフトバンクホークス監督
〈岡田〉
それにしても、福岡ソフトバンクホークスは本当に強いですね。いつも勝っているイメージがありますよ。
〈小久保〉
ただ、去年のリーグ優勝は4年ぶりでしたからね。
〈岡田〉
監督就任1年目で優勝というのは見事だと思いますよ。
〈小久保〉
おかげさまで4月からずっと首位をキープしてシーズンを終えることができましたけど、一番印象に残っているのは開幕戦でした。
何しろプロ野球一軍監督の一戦目って、一生に一回しかありませんからね。とにかく早く余計な緊張感から解放されて、自分たちの野球に専念したいという中で対戦したのが、前の年まで3連覇していたオリックス・バファローズだったんです。結果的に勝つことができましたけど、1年を通じてあんなに緊張したゲームはありませんでした。それを乗り切ることができたのは、日本代表監督を務めた経験があったからです。
僕は日本代表監督の時に臨んだ2015年のプレミア12で負けて3位に終わり、「史上最弱侍ジャパン」と大バッシングを受けました。そうして2017年にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に臨んだのですが、あの時は初戦の開始20分前からグワーッと掴まれるような胃痛が始まりましてね。それからしばらく食事も喉を通らなくなって、たった1日半で激やせしました。日本代表監督というのはそこまで凄まじい重圧がかかるんですね。
〈岡田〉
よく分かります。僕の時は、もし負けたら日本に帰れないとまで思い詰めていました。
〈小久保〉
その逃げられない状況の中で……

「勝利の女神は細部に宿る」──運は誰にでも、どこにでも平等に流れていて、それを掴むか掴み損ねるかの差じゃないかと思っています。
そして運は常に準備していないと見過ごしてしまうし、小さなところが分かれ目になるんです
岡田武史
今治.夢スポーツ会長
〈小久保〉
岡田さんのFC今治も、昨シーズンは見事にJ2昇格を果たされましたね。
〈岡田〉
10年がかりの昇格でした。J3のレベルなら、チームが一つの方向に向かいさえすれば勝てるんですけど、それがなかなかできなかったんです。
監督を務めていたのは、僕が日本代表監督だった時の選手で、最初に4連勝したのはよかったんですが、そこから6連敗するともう迷っているわけですよ。選手も頑張ろうとは思っているけど、何をしていいか分からない。
それで監督と話をしたんですけど、ヨーロッパのチームはこうだとか、戦術はずいぶん知っているんですよ。だけど、その土台になる選手の状態をよく見ないで、すぐに戦術に原因を求めようとする。「いや、違うぞ」と。「戦術の前に、うちの選手はボールの奪い合いでいつも負けているじゃないか。体が切れていないように見える。ボール際で全部負けていたらどんな戦術をとっても勝てないと思う。練習の強度はどうだ?」と。
当たり前のことですが、サッカーはボールを奪い、相手ゴールに向かって攻めていくのが基本です。ところがうちの選手は、ボールを受け取っても「えっと、こうして、ああして」と考えてしまっている。戦術に囚われてしまって、ボールに向かう気迫が何も伝わってこない。そういうところを指摘したら、意識が変わって勝ち始めたんです。
本当は、オーナーが現場に口を出すのはタブーなんです。ただ、我われを支え続けてくださっている方々のためにも、そろそろ結果を出さなければという切迫感がありました。監督がちゃんと聞く耳を持ってくれていたおかげで、昇格を果たすことができました。
〈小久保〉
冒頭に触れたテレビ番組では、オーナー就任10年を記念するイベントでファンの皆さんに挨拶をなさる時に、感極まって涙を流されるシーンがありましたね。
〈岡田〉
あれには自分でもびっくりしました。男は人前で涙を見せちゃいけないっていう家庭で育ったから、僕は人前で泣くことはまずないんですけど……(続きは本誌をご覧ください)
本記事の内容 ~全10ページ(約13,000字)~
◇自分で判断できる選手を育てるために
◇あの時に比べたら重圧をはね除けた開幕戦
◇支えてくれた人を喜ばせたい一念で
◇自分のチームという意識を持つ
◇理念を共有することの大切さ
◇強いチームに共通するもの
◇これからはエラー&ラーンの時代
◇主体性を育む指導法とは
◇運を掴むためには
◇感謝が持つ不思議な力
◇豊かな人生を築いていくには
プロフィール
岡田武史
おかだ・たけし――昭和31年大阪府生まれ。55年早稲田大学政治経済学部を卒業後、古河電気工業サッカー部に入団し、日本代表に選出。引退後は日本代表監督として9年W杯フランス大会で日本初の本選出場、22年W杯南アフリカ大会でベスト16他にコンサドーレ札幌、横浜F・マリノス、中国スーパーリーグの杭州緑城で監督を歴任。26年FC今治オーナーに就任。著書に『岡田メソッド』(英治出版)、共著に『勝負哲学』(サンマーク出版)など。
小久保裕紀
こくぼ・ひろき――昭和46年和歌山県生まれ。平成6年青山学院大学卒業後、福岡ダイエーホークスに入団。平成15年読売ジャイアンツにトレード。19年古巣の福岡ソフトバンクホークスに移籍。24年現役引退。25年侍ジャパン代表監督に就任。29年3月まで務め、WBCベスト4。令和2年指導者としてホークスに復帰。令和6年より一軍監督。著書に『開き直る権利』(朝日新聞出版)、共著に『結果を出す二軍の教え』(KADOKAWA)など。
編集後記
FC今治オーナーとしてクラブの経営に乗り出してちょうど10年でJ2昇格を果たした岡田武史さん。福岡ソフトバンクホークスの一軍監督就任初年度でチームを4年ぶりのリーグ優勝に導いた小久保裕紀さん。その勝因はどこにあるのか、いかにして強い組織をつくってきたのか。「勝負の女神は細部に宿る」との言葉を選手育成に落とし込んでいったエピソードを数多く披露していただきました。

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