先人たちの技と心が教えてくれるもの 小川三夫(鵤工舎 総棟梁) 粟田純德(第十五代目穴太衆頭/粟田建設社長)

「最後の宮大工棟梁」と称された西岡常一氏の弟子としてその技と精神を継承すると共に、自ら立ち上げた鵤工舎(奈良県)の総棟梁として後進の育成に心血を注いできた小川三夫氏。十五代目穴太衆頭で粟田建設社長の粟田純德氏もまた、古墳時代にまで遡る独自の石垣づくりの技法を現代に脈々と継承してきた。宮大工と石工、それぞれの道を極めてきたお二人が語り合う、心に刻む先人や師の教え、人生・仕事で貫いてきたもの――。

後世の工人に見られても恥ずかしくない、嘘偽りのない仕事、本物を残しておけば、それを見て、「平成、令和の時代はこういう思いでつくったんだ」と読み取ってくれる宮大工が必ず現れると思うんです

小川三夫
鵤工舎 総棟梁

〈小川〉 
粟田さん、初めまして。きょうは戦国時代の石垣づくりの技術を受け継ぐ「穴太衆」について、いろいろお伺いできるのをとても楽しみにしていました。

〈粟田〉 
こちらこそきょうは遠方からお越しくださり、ありがとうございます。私もお目に掛かれることを楽しみにしておりました。

〈小川〉 
致知出版社さんから今回のお話をいただいた際、これは面白い企画だなと思いました。というのも、私たち宮大工が扱う木、穴太衆が石工として扱う石、どちらも重いし、大きいし、それを動かすには知識じゃだめ、いろんな知恵を働かせなくちゃいけない。
 
例えば、大坂城の石垣にはものすごく大きな石が使われていますでしょう。あんな石は、当時の人は誰も動かしたことなかったはずですよ。でもそれを動かしたってことは、やっぱり知識以上のもの、知恵をうんと働かせたんです。
 
実際、どうやって動かしたと粟田さんは思いますか。きょうはこれをぜひ質問したかった(笑)。

後世の人に「十五代目の時の穴太衆はあまり腕がよくなかったんだな」って言われないためにも、絶対いい加減な仕事はできない。そういう覚悟でいます

粟田純德
第十五代目穴太衆頭/粟田建設社長

〈粟田〉
どうでしょうか……。当時は機械がないので、馬や牛で石を引っ張るしかなかったのだと思います。

しかし、仕事の進捗状況を調べてみると、便利な機械のある現代よりも遥かに昔のほうが早いんですよ。

お城でも、2年や3年くらいで建てているのですが、いま私たちに同じことをやれと言われたって絶対にできません。石垣だけでも難しいでしょうね。昔の人は本当にすごいと思います。

〈小川〉 
それは宮大工も同じで、例えば、名古屋城も石垣から天守閣までたった33か月でつくったと言われていますね。天守閣は僅か半年で建ち上がっている。もちろん何千人もの大工が集められたのでしょうが、それでもいまやれと言われたら絶対できませんよ。

〈粟田〉 
ええ。何千人いたってそれを采配する人がいなければ動きませんし、邪魔になるだけです。

だから、私たちの仕事は自分たちで新しく考え、得られるものはほとんどないんですね。

先人たちが考えたもの、知恵をそのまま継承してきたからこそ、いまがあるんです。むしろ私たちは便利な機械や知識がある分、いかに楽をするかということばかりを考えてしまう。昔の人のほうが現代人よりもよほど賢かったんじゃないかと思いますし、やはり人の手に勝るものはないと私は思っています。

……(続きは本誌をご覧ください)

~本記事の内容~
◇現代でも真似できない先人たちの知恵
◇コンクリートより強靭な「野面積み」
◇自ら学び取る姿勢がないと一人前の職人にはなれない
◇親方が率先することで人材は育っていく
◇生涯の師・西岡棟梁との運命の出会い
◇共同生活が思いやりの心を育む
◇器用な子よりも不器用な子が伸びる
◇見えないところに丹精を込める

本記事には、日本人の先人たちが脈々と伝承してきてた仕事の流儀が満載です。ぜひご覧ください。

プロフィール

小川三夫

おがわ・みつお――昭和22年栃木県生まれ。栃木県立氏家高校卒業直後に西岡常一棟梁の門を叩くが断られる。仏壇屋などでの修業を経て44年に西岡常一棟梁の内弟子となる。法輪寺三重塔、薬師寺金堂、同西塔の再建に副棟梁として活躍。52年鵤工舎を設立。以後、今日まで全国各地の寺院の修理、再建、新築などを続ける。著書に『木のいのち木のこころ(天・地・人)』(新潮文庫)『棟梁-技を伝え、人を育てる』(文春文庫)などがある。

粟田純德

あわた・すみのり――昭和43年滋賀県生まれ。中学を卒業後、城の石垣などを代々つくってきた家業を継ぐべく、祖父で十三代目の粟田万喜三に弟子入りする。平成17年に十四代目の父・純司の後を継いで十五代目を継承し、社長に就任。以来、全国各地、海外の石垣づくりや修復などを行うと共に、土木工事、造園工事なども請け負い、石垣づくりの技と伝統を守り続けている。


編集後記

日本人が脈々と伝承してきた匠の技と心を現代に伝える鵤工舎総棟梁の小川三夫さんと第十五代目穴太衆頭の粟田純德さん。宮大工と石工─―分野も扱う対象も異なりますが、それぞれの道を究めて来たお二人の体験談には共通点が多く、取材中も終始お互いに頷うなずき合っていたのが印象的でした。師と弟子のあり方、物事を学ぶ姿勢、人材育成の要諦など、珠玉の教えが詰まった職人対談です。

2024年8月1日 発行/ 9 月号

特集 貫くものを

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